【京都の戦争遺跡】黄檗公園の火薬庫跡


万福寺の隣にある黄檗(おうばく)公園には第二次大戦中に使われた火薬庫の跡が残っています。
黄檗公園の周辺には火薬庫がいくつも設けられ、万が一の爆発事故で被害が拡大しないよう、それぞれが建物の高さと同じくらいの高さのある堅固な土塁で囲われ、その出入口にトンネルが設けられていました。現在残っているのは、その土塁とトンネルの部分です。

トンネルの内部は真っ暗です。昼でも暗く防空壕をも連想させるそのトンネルは、テレビで聞かされる「戦争」の恐ろしい雰囲気を感じさせます。
JR木幡駅の近くには、火薬庫への鉄道の引き込み線跡も残っています。京都大学の宇治キャンパスも、敷地の半分ほどが火薬庫として使われていたそうです。

こちらの説明板は近年、戦争の遺跡(過ち)を伝えて行くために設置されたものです。私は偶然通りかかって発見しました。石碑や説明板を建てるのは苦労が伴いますが、私のように偶然に見つける者もいますし、地域に伝えて行ったり、保存を続けるためにもその意義は大きいと感じます。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として9年目。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。散策メニューはこちらから

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「【京都の戦争遺跡】黄檗公園の火薬庫跡」への1件のフィードバック

  1. 宇治の火薬庫に関する記述がとても役に立ちます。
    私の父が第二次大戦中に勤務していたところが「宇治の火薬庫」ということは知っていたのですが、この歳(70歳)になるまで確かめようと云う気もなく過ぎていました。
    父の三十三回忌法要の席でこのことが話題になり、「宇治」と「火薬庫」で検索して見つけました。
    私は出張の予定があって直ぐには行けないのですが、帰ってきたら黄檗公園へ行ってみようと思います。
    一種のセンチメンタルジャーニーです。

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