北野天満宮 ずいき祭り 還幸祭 2011年


4日は北野天満宮のずいき祭りの還幸祭が行われました。

還幸祭の行列紹介

先日1日に神幸祭が行われ、お神輿などは御旅所に鎮座していましたが、この日は御旅所から北野天満宮へとお神輿が戻ります。また「ずいき神輿」は、行列とは別行動で氏子町を賑やかに巡行をして北野天満宮へと向かいます。御旅所に鎮座していた「ずいき神輿」の様子やお祭りの由来などは以前のブログをご覧ください。なお、ページの最後に還幸祭と上七軒の舞妓さんを動画で載せています。

御旅所を出発した行列は西ノ京一帯から円町を経て、三条通にある駐輦所(ちゅうれんじょ)へ向います。ここは普段は空き地ですが、この日だけは行列の休憩場所として大いに賑わいます。休憩中には皆で記念撮影が行われていました。行列は実は神幸祭とほぼ同じ構成で、参加されている方々も同じようです。ただ、還幸祭には牛車が加わって、より雅な雰囲気となります。学者ながら右大臣にまでのぼった菅原道真にふさわしい行列が北野の地へ向かう様子は、さながら平安絵巻といったところでしょう。

行列の先頭には獅子、次に太鼓が行列を知らせ、神職らに続いて導山(みちびきやま)と呼ばれる山車(だし)が先導します。乗っているのは赤い顔の天狗さん。こちらは猿田彦大神で、古事記などでは天つ神の天孫降臨の際に先導を果たしたとされ、道しるべの神として信仰を集めて、北野天満宮の末社にも祀られています。猿田彦大神は身の丈が約2mで鼻が高かったとされていることから、天狗の顔で表現されます。

続いて厄除けの剣鉾である梅鉾と松鉾が行きます。これは祇園祭の長刀鉾と意味合いは同じもの。梅鉾の梅は菅原道真が愛した花から来ています。松も北野天満宮とは縁が深く、道真が北野の地に鎮座した折に一夜にして千本の松を生やしたという故事が知られています。また境内にはその松の神霊を祀る「一夜松社」があり、「老松社」に祀られている島田忠臣は、道真から松の種を託された人物です。

さて、行列はいくつかを経て八乙女へと続いていきます。赤い傘の下、非常に可愛らしい女の子が扇を手に歩いて行きます。一方、男の子は稚児裃の行列として後に続きます。こちらも可愛らしい。付き添うお母様方も着物姿で華を添えています。さらには御所車。御所車といえば葵祭りが有名ですが、意外と他のお祭りの行列でも見かけます。このブログでも5月の御霊祭で御所車の写真を載せました。

御所車の後にはいくつかをはさんで、いよいよメインのお神輿です。菅原道真公・その奥さん・子どもさんとそれぞれにお神輿があって、鳳輦(ほうれん)と呼ばれ上に鳳凰を飾っているのが特徴です。古くは天皇の乗り物としてそのような鳳凰を屋根に飾ったものがあったそうですね。担ぎ手は学生さんが担当され、行列には高校生も加わっているようでした。地域を巻き込んだ盛大な行事です。

面白いのが最後の方にやってくる馬車。シルクハットの「御者」が印象的で、ここだけ明治時代のようでした。詳しい経緯が気になります。

ずいき神輿と上七軒の舞妓さん

一方、行列とは別行動の「ずいき神輿」は一足先に北野天満宮方面へ向かっています。自転車で還幸祭の行列を追い越し、ずいぶんといったところで追い付きました。神輿の担ぎ手は地元の皆様。勇壮に担ぎ、カンを鳴らして練り歩きます。雅な行列もよいですが、やはりこちらも「お祭り」という感じがします。

私はさらに先回りして上七軒へと向かいました。上七軒は京都でも由緒の古い花街で、現在も舞妓さん・芸妓さんがおられます。ずいき祭りは北野天満宮のおひざ元ということもあって、お店から出て見物をされます。そしてそれを待ち構えるカメラマンで早くから大変な人だかりとなっていました。カメラマンの方は撮影ポイントをよく知っておられます。いざ舞妓さんが出てくると、それはもうものすごいシャッター音。有名芸能人の記者会見のようでした。

ここからは現実を伝えるためにあえて苦言を書こうと思います。何も知らない観光客がカメラマンと舞妓さんとの間に入り込むと「どけオラ!!」「邪魔や!!」と怒声を飛ばす方がおられました。このような場面は舞妓さんがらみの行事でたびたび目にします。確かに長く待って場所取りをしていて、よい写真を撮りたい気持ちは分かりますが、場所は出入り自由の公道です。有料の撮影会でもありません。そのような言葉づかいはどうでしょうか?また、少しでもよい写真を撮ろうと夢中になるあまり、声の主が前に出過ぎて後ろの迷惑になったり、押したり割りこんだりという大変失礼な場面も見かけます。折角、はるばる京都に来てくれている観光客の皆さんも、この様子にはさぞ興ざめされることでしょう。カメラマンだから失礼が許されるというものではもちろんないはずです。私の倍は生きておられる方も多い世界のようですので、どうかそれだけの人生経験をもった手法や処世術をもって、円満に素晴らしい写真をおさめて頂きたいと思います。できれば、ある程度の枚数を撮ったら観光客に場所を譲るというようなおおらかさを持って頂ければ、観光都市京都のイメージもさらに高まるかもしれないと個人的には感じますが、カメラマンの皆様、いかがでしょうか。これらの話は、同じく写真を撮る私自身への戒めとしても書き残しておきます。

話を戻しましょう。舞妓さんは殺伐とした雰囲気を変えてしまうほど、おおらかな笑顔でお神輿や行列を迎えてくれます。小さな子どもさんには手を振って可愛らしい表情を見せてくれました。お出迎えの行事はきっと古くは江戸時代から続いてきた伝統なのでしょう。参列者の中には地元のお子さんもいるようで、ところどころで行列を止めて記念写真を撮っておられました。お子さんにとっては本当に長い距離を歩いて来ており、すでにかなりお疲れの表情ですが、それもまた場を和やかにしてくれます。

行列は最後に北野天満宮へ入っていきます。ただ、最も本殿に近い東門からではなく、南側の正面から入っていきます。やはり筋をきちんと通されていますね。神輿が本殿前に到着すると神事が行われますが、こちらは非公開で、参拝者は外へ出されます。参列された主要な方々は本殿の上におられました。
…以上、還幸祭で道真公は天満宮に戻られました。修学旅行生も安心してお願いができることでしょう。ちなみに「ずいき神輿」は御旅所へと戻っていきます。追いかけてみましたが、御旅所は既に片付けが終わっていつものガランとした空間に戻っていました。関係者の皆様、本当にお疲れ様でした。行列や舞妓さんの写真はFacebookで公開しています。


ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として9年目。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。散策メニューはこちらから

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