草紙洗小町の小町通


上京区、晴明神社や一条戻り橋のほど近くに小町通があります。この地は小野小町が大友黒主の悪事をあばくため草紙を洗った場所といわれています。
能の演目では、小町との歌合わせに臨む大友黒主が、自分には勝ち目がないと考え歌合わせの前日に小町の邸宅に忍び込んで、小町が明日のために詠んだ歌を盗み聞きします。歌合わせの当日、小町の歌が詠みあげられますが、黒主は「その歌は既にある古歌である」として、万葉集の草紙を取りだします。そこには確かに小町の歌が書かれていました。実は黒主が、前日盗み聞きした歌を予め草紙に書き加えていたのです。小町はピンチに至りますが、すぐに入れ筆であることを見抜き、許しを得て水でその草子を洗います。すると新しい墨で書かれた歌は消え、黒主の悪事が明らかになるのです。

実際の史実では、そもそも小野小町と大友黒主は生きていた時代が異なるため、このような場面はあり得ず創作の中でのお話とされています。ただ、歌合わせが行われたのはこの地にあった邸宅とされ、小町が草紙洗いの時に使ったといわれる井戸が残されていたそうです。そして通りを小町通と呼び、この地が草紙洗い小町の伝説地とされてきました。

草紙子洗小町は絵画にも描かれています。昨年京都で行われた上村松園展では、草紙洗小町の絵が入口の所に掲げられていました。それにしても史実ではないと一刀両断にするは簡単ですが、こうして「伝説の地」が残されているというのは興味深く、その経緯などが深く研究されて伝わっていくと、より歴史が面白くなるのではと思います。なお、悪役とされてしまった大友黒主ですが、史実では小町と同じ六歌仙の一人として古今和歌集などに歌を残しています。祇園祭の黒主山でも知られていますね。
余談ですが、一条寺下がり松で有名な宮本武蔵と吉岡一門の決闘も、実は「一条下がり松」で、吉岡一門の道場がこの地にあり、その裏庭の松で戦ったのが正しいとする説があります。小町通の石碑の反対には、トタンに囲まれてその小さな石碑も残されています。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として9年目。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。散策メニューはこちらから

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「草紙洗小町の小町通」への2件のフィードバック

  1. こんばんは。
    上村松園展、私も昨年行きました。
    草紙洗小町とはそういう背景から描かれてたのですね。
    おかげで忘れられない絵になりました。

    1. 順子さん
      コメントありがとうございます。
      上村松園展では入口にありましたので印象に残りますね。
      機会があればまたじっくりと眺めたい絵ばかりでした。

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