島原の太夫道中 法住寺の義士会法要


14日は法住寺で義士会法要が行われ、太夫道中も披露されました。

さて、16日は京都で初雪が観測されました。平年より1日遅いだけでほぼぴったり平年並み。ただ初雪の日は年によるばらつきが大きいので、むしろ平年とほとんど誤差が無いほうが珍しいですね。京都では17日の未明から早朝にかけてが最も雪が降りやすく、市街地でもうっすらと積もるかもしれません。ただ、日中は曇りで雪も溶けて行くでしょう。京都の雪化粧を見るならば、朝一番でお出かけされることをお勧めします。

さて、法住寺の義士会法要は、大石内蔵助が討ち入りの前に法住寺の身代わり不動明王に祈願をしたことが縁で行われています。法住寺付近から少し南の山を越えれば大石内蔵助が居を構えていた岩屋寺付近へと繋がり、内蔵助は島原の遊郭へと足を運ぶ道すがら、法住寺のお不動さんに祈願をしたそうです。寺には四十七士の木像が江戸時代の終わりころから明治にかけて奉納されています。

法住寺は三十三間堂のすぐ近くにある小寺ですが、歴史好きの方にとってはメジャーなお寺かと思います。後白河上皇の院政期には法住寺を中心として御殿(法住寺殿)が築かれ、木曽義仲に焼き打ちされた法住寺合戦の舞台ともなっています。身代わり不動明王は、平安時代に円仁作と伝わり、法住寺合戦での焼き打ちの際には後白河上皇の身代わりとなったといわれています。

法住寺の太夫道中は昨年から復活し、今年は前の道路まで出て、しばし門前を歩きました。太夫道中は舞妓さんと異なって目にする機会は少ないものですが、年に何回かチャンスがありますので、日時さえ狙っていれば見ることはそれほど難しくはありません。次回は23日に行われます。

太夫道中はその名の通り、島原の太夫さんが置屋から揚屋へと移動する道中を表しており、現在では諸々の行事に参列する場面として再現されています。島原は現在残る京都の五花街(ごかがい)には含まれていませんが、今も数名の太夫さんがおられます。かつて太夫の身分は10万石の大名と同様の正五位とされ、御所へ上ることも許されていたそう。日本舞踊や茶道などなどのあらゆる「芸」に秀でていないと太夫を名乗ることはできませんでした。太夫は、美貌だけではなく優れた技能・教養を持つ芸妓の最高位で、体は売らず「芸」でおもてなしをしたのです。その独特の歩き方は「内八文字」といわれており、三本歯の高下駄を履いてつま先を内に向け、足を踏み出します。着物の重さは30kgとも45kgともいわれ、普通に歩くことが難しいため考えだされたのだとか。なお、道中には紋の入った傘も欠かせません。

太夫さんの所作は非常に優雅で、じっと見ていると時代をさかのぼっているかのような雰囲気があります。それにしても菊川太夫さんはお美しい。こうして近くで見られたことに感動してしまいました。また機会があればお目にかかりたいものです。さて、お待ちかねの動画もありますので、最後にご覧ください。写真ではお伝えできない魅力が伝わるかと思います。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年目。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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「島原の太夫道中 法住寺の義士会法要」への2件のフィードバック

  1. 島原太夫道中の動画を拝見しました。優雅な雰囲気が伝わりました。太夫さんの着物は随分と重いのですね。そういう重さも感じさせないくらいに道中を凛として歩く姿はかっこいいなと思います。

    1. 抹茶さん
      いつもコメントありがとうございます。
      太夫さんの歩きはとても優雅で品があり、着物の重さも感じさせませんね!
      影の努力がきっとあるのでしょう。

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