円山公園 祇園枝垂桜と月


京都のソメイヨシノ。本日(9日)、気象台から満開宣言が出されました。昨日と今日で気温が上がり、一気に花開いた印象です。桜もきっと気温が上がるのを待っていたのでしょう。昨晩は、円山公園へ行って祇園枝垂桜を眺めてきました。

前日の東寺の満月に続き、この日も月と桜を狙いました。まずは高台寺へ。方丈前の波心庭に、一本の枝垂れ桜が美しく咲きます。庭園も様々な色でライトアップをされて綺麗ですが、光の加減がよく変わるので、写真を撮る方からすると難易度の高いお庭です(笑)単純なライトアップというよりもイルミネーションだと思って見に行かれると違和感がないかもしれません。青や赤や緑の光が入り交ざる、現代アートのようなライトアップです。ちなみに、10分間程にほんの10秒だけかと思いますが、全てのライトが点くタイミングがあります!

高台寺は山に近いため、月が昇ってくるのが遅くなります。この日がラストチャンスとは踏んでいましたが、21時過ぎにお寺に入った時にはまだ月は昇っていませんでした。待つこと30分。拝観終了の10分前になってようやく月が姿を現わしてくれました。今年最後の高台寺での桜と月の共演を眺めることができ、ラッキーでした。

次に向かったのは円山公園。京都に桜の名所は数あれど、やはり円山公園の枝垂れ桜は高い人気を誇ります。京都の学生サークルの新入生歓迎会の定番の場所でもあり、先輩学生は相応の苦労をして場所取りをします。私も学生時代に祇園枝垂桜の真正面の場所で40名ほどが入れる場所を確保すべく、奮闘したことがありました。よい場所は当日の昼間に行っては遅く、少なくとも「前日の夜」に行く必要があります。私たちの時は、前日の明るいうちにその晩の場所取りをしていた人たちに挨拶をして、撤収予定時刻を確認。終電頃で帰るとの情報を得て、ブルーシートを準備して待機。

といった感じで、前の組の撤収と同時に大きくブルーシートを広げて、場所を確保。そして、その場所を盗られないように徹夜で見張りです。しかし、これもなかなか楽しく、友人と先に祝杯をあげ、見上げる桜は満開。よい場所を取れた満足感もあります。翌朝は快晴の空。朝日に輝く祇園枝垂桜の美しさは、おそらく一生忘れることはないほど、目に焼き付いています。

余談が長くなりました。この日も例にもれず、学生たちの笑い声と一気コールで盛り上がる円山公園。京都の風情とは対極にあるような光景ですが、これもまた京都の伝統なのでしょうか。私が初めて祇園枝垂桜を眺めたのも、新入生歓迎で連れてきてもらった時で、右も左もわからない京都で、突然現れた幻想的な桜にはとても感動をしました。こうして、京都に来た学生に円山公園の桜の美しさが刷り込まれて行くのかもしれませんね。桜とその周りの雰囲気は、最後に動画もありますのでご覧ください。

枝垂れ桜と月の美しい光景は本当に絵になります。「清水へ 祇園をよぎる桜月夜 こよひ逢ふひと みなうつくしき」の世界観。与謝野晶子も見ていたであろう先代の桜は、まだ八坂神社が祇園社と呼ばれていた頃に境内にあったお寺、宝寿院に植わっていた桜でした。慶応2年の祇園社の火災でもかろうじて焼け残った、強運の持ち主でもあります。明治になり宝寿院が廃寺となって、桜はそのまま残されていましたが、明治6年、ついに印鑑用の材木として伐られる寸前だったところを、またもやの強運で実業家(明石博高)に5両で買い取られ、生き残りました。そして13年後の明治19年。一帯は円山公園として整備され、公園のシンボルとして先代の桜が据えられることになりました。

以来、人々の目を楽しませてきた桜。与謝野晶子が眺めていたのも、明治期の最も美しかったころの先代の桜です。先代は大正の頃になると衰えを見せ始め、多くの文人が年々衰えゆく様子を心配し、嘆く言葉を残しています。そして昭和22年。樹齢は200年を越えると言われた先代の桜も、ついに枯死しました。与謝野晶子が亡くなった5年後のことでした。しかし、先代の種から育てた2代目が、桜守の佐野藤右衛門氏の邸宅で育っていて、昭和24年に円山公園に植えられます。これが現在の桜。さぞ当時の京都市民は喜んだ・・・かと思いきや、先代との厳しい比較にさらされ、当初は「花の咲かん桜」「貧相な品のない桜」と酷評をされました。実際に当時の写真を見ると、今の4分の1くらいの枝ぶりしかありません。植えられた翌年には、京都130年超の観測史の中で3位に入る暴風(10分平均で24.9m/s)を記録したジェーン台風がやってきます。今にも折れそうな桜を、佐野藤右衛門氏が自らの体で支えたという逸話も残されています。木が折れても全く不思議ではない凄まじい風速でしたが、先代の強運を受け継いでか、なんとか耐え抜きました。

そして、植樹から年数を経て、徐々に先代を偲ばせる美しい花を咲かせるようになっていきます。冷たい視線を向けられていた時代が嘘のように、人々の笑顔を誘うようになっていった2代目の桜。昭和を代表する日本画家・東山魁夷が描いた「花明り」は、まさにこの2代目の祇園枝垂桜と、東山に昇る満月。京都の春の代表の座を、実力で勝ち取ったのです。近年、2代目の桜は衰えが口にされるようになりました。確かに私の学生時代よりも弱ってきているように感じます。一方で、姉妹樹や先代の孫桜も育っていて、きっと祇園の枝垂桜が消えゆくことはないと思いますが、個人的にはまだまだ「この2代目」に頑張ってほしい!!私にとっても欠かせない青春の一ページを刻ませてくれた桜、「花明り」と同じ桜。これからも末永く、美しい姿を見せてほしいと思います。

さて、今年は桜の開花が予想以上に遅く、満月前後の月には間に合わないかと思いましたが、ここにきてようやく一気に見ごろとなってきてくれました。祇園枝垂桜と満月は、京都の春の象徴。チャンスがあれば、私は毎年のように見に行きます。今年は天気がよく、本当に美しい桜と月を眺めることが出来ました。今年は天気を考えると難しそうですが、円山公園のライトアップは午前1時まで。来年以降も機会がありましたら是非、月と桜をご覧になってみて下さい。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年目。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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