出雲国に雲は出るのか!? 気象からのアプローチ その1


京都国立博物館で大出雲展が行われています。出雲国は現在の島根県東部の旧国名として知られていますが、今回は番外編で、その地名の起源を気象的な視点から解明していきたいと思います。

出雲に雲は出るのか!?

実は私の卒業論文は【「出雲」の地名起源についての一考察】です。「出雲国に雲は出るのか!?」というタイトルを下書きの卒論に付けて教授に持っていくと、論文としてはふさわしくないと却下された思い出があります。大学では考古学を中心とした歴史を学ぶ一方で、既に私は気象予報士になっていて、気象学的な見地から「出雲」に本当に「雲」が「出」るのかという疑問が湧きおこりました。当時、そのような視点できちんと分析した文献は見当たらず、たいへんやりがいのある研究だったと思っています。気象データの分析のみならず、深夜バスや電車で何度も出雲へ足を運び、現地で聞き込み調査も行いました。私の結論はもちろん「気象学的に見て出雲には【雲】が出る」というものです。

出雲国には「出雲国 出雲郡 出雲郷」があります。出雲の名を冠するこの場所は、実は地形的に独特な場所にあり、気象的に見ても特異な現象が発生しやすい位置にあるのです。もう一つ、出雲国全体という大きなスケールで見ると、特徴的な雲が近隣の国に比べて現れやすいことが、気象衛星雲画像や各観測値によって証明されています。今回と次回の二回に分けて、概略ではありますがその根拠を説明して行きます。

出雲国と石見国

まず出雲国を大局的に見て行きましょう。出雲国は島根県東部一帯ですが、反対の西部は「石見(いわみ)」国です。国名の由来には諸説あり、岩海(いわうみ)や、石(岩)が多く見える(実る)国という意味で名付けられたとする説があります。中国山地は比較的なだらかといわれる一方で、その軸は北へ偏っており、山陰地方から見れば急峻な山地です。実際に石見地方へと足を運べば、平坦地が少なく、山肌が海岸線に迫る岩がちな地勢を感じることが出来ます。一方の出雲国は、出雲平野や宍道湖(7世紀は中海と繋がる入海として存在)など平坦な場所も多く、石見国との対比が印象的。石見の人から見れば、出雲はさぞ広い土地と空を持っていると感じたに違いありません。このように、出雲は地勢において空が広く、雲が強調されやすい地域であることがまずあります。

加えて、石見国と出雲国では、特に冬場の気象環境が大きく異なっているのです。具体的には雨(雪)の量。気象衛星雲画像を見れば一目瞭然な時も多いのですが、冬の雪(雨)雲は、大陸からの季節風が日本海から水蒸気を蒸発させることによって発生・発達しています。いわゆる「すじ状の雲」です。そこで日本海周辺の地図を見てみると、石見国は陸地である朝鮮半島の風下になって、季節風が通過してくる海の幅が狭くなり、その分「すじ状の雲」が発達しにくくなります。一方の出雲国は石見国との対比でみれば、季節風が通過してくる海の幅が広く、その分発達した雪雲が流れ込みやすい国といえます。

上記のことは現代の気象観測値でもはっきりと差が出ています。出雲国の松江と石見国の浜田で、12月~2月の降水量(平年値)を比べてみると、松江の404.8mmに対し、浜田は288.5mmしかありません。その差は約1.4倍。明らかに出雲国の方が発達した雪(雨)雲が押し寄せやすいことがわかります。ここまでの明瞭な差を生む原因の一つはJPCZと呼ばれる強い雪雲の帯のかかりやすさもありますが、今回は省略します。このように、出雲国は石見国より「雲が湧きやすい」国で、また雪が積もる量が少ない石見国は、出雲国よりも石(岩)が見られる(目につく)国ともいえるのです。一方、雪は東隣の伯耆国の方が多くなります。しかし人の印象としては、例えば積雪が0cmから10cmにかわるのと、10cmから20cmに変わるのとでは、0cmから10cmのほうが強く雪の差を印象付けられるでしょう。出雲はと石見は雪国の中でも大きな違いがあると言えるのです。

最古の和歌ともされる、出雲の名が出る歌が古事記に掲載されています。「八雲立つ 出雲八重垣 妻ごみに 八重垣作る その八重垣を」。スサノオノミコトがクシナダヒメノミコトを妻に迎えた時に詠んだ歌として知られますが、「八雲立つ」は出雲の枕詞として、古くから認知されていたことが分かります。「八」は数が多いことを表す言葉で、たくさんの雲が立つように湧きあがる様子が想像できます。一般的に「立つ」と我々が感じるような雲は、積乱雲に代表される「積雲」系統の雲。実はまさにこの積雲や積乱雲は、冬の季節風が日本海から水蒸気を得て発生させる雲そのものです。積乱雲は雷を起こすことも多く、これは松江と浜田の雷日数の差としても現れています。すなわち、出雲国は石見国よりも「雲が立つ」国であることは、気象学的に見ても明らか。石見国から来た人々は出雲国が「雲が出る国」であることを大いに感じ取ったことでしょう。反対に出雲国から石見国へといった人は、雪が減って石(岩)が見えることを感じたでしょう。

以上が、出雲国の気象特性を踏まえた出雲論です。かなり走りながら書きましたので、分かりにくかった部分はご容赦ください。次回は、もっと狭い範囲。「出雲国 出雲郡 出雲郷」における「雲」について、同じく気象的視点から論じてみたいと思います。もちろん出雲郷にも「雲」が出やすい秘密が隠されています。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年目。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

PAGE TOP