三条白川橋の道標


三条白川橋に、現存する京都最古の道標が残されています。

現在の京都へは、年間約5000万人を数える観光客が訪れますが、江戸時代には京都は観光都市なっていました。三条大橋から江戸の日本橋へと続くのが東海道。東海道五十三次としても知られますが、江戸から京都までの道のりは凡そ2週間ほどかかりました。そう思うと、今は新幹線で日帰りも可能であることが、奇跡のようですね。

三条白川に立つ道標は、そんな江戸時代の延宝6(1678)年に建てられました。私は個人的にこの道標が好きなのですが、その理由が「京都為無案内旅人立之」の文字が刻まれていること。「京都、無案内の旅人の為に之を立てる」ということで、当初からはるばる京都の町へとやってきた旅人のために建てられていたのです。さらには施主は「為二世安楽」と刻まれています。これは人物名ではなく、仏の慈悲によってこの世とあの世の「二世」をそれぞれ安楽に生きられる為にという意味で、観音信仰の目的ともされる言葉です。施主の名は残らずともこうして道標は300年以上も残されており、これも観音様への信仰のおかげでしょうか。

もう片面には「是よりひだり ちおんゐん ぎおん きよ水みち」 と刻まれ、当時から知恩院や祇園・清水は今と変わらぬ観光地であったことが分かります。三条大橋まで行ってしまうと、かえって知恩院・祇園や清水へは遠回りになるので、「ここで左に曲がるとよいですよ」と、施主が立っているかのように感じさせてくれますね。それにしてもこの内容はまったくもって現代でも使えるものです。道標は過去の遺産のように見えますが、今でもきっちりと通用していることが心に響きます。実は2001年にこの道標は交通事故で折れてしまいました。しかし現在は、無事に補修されて立ち続けています。京都に入る幾多の旅人を見てきたこの道標。高山彦九郎も、坂本龍馬も、名だたる有名人がこの道標を目にしていたかもしれません。これから先も長く残って、観光客を見守ってほしいですね。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年目。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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