東山と十六夜の月


30日の中秋の名月は台風の影響で見られなかったところも多かったですが、今宵は十六夜(いざよい)の月が東山に輝きました。

台風はこの進路にしては比較的被害が少なく済んでいるようです。しかし台風の時は「危ない」というのが簡単ですが、毎回思うのは「大丈夫」という予報を思い切って出せないかということです。今回もイベントを実は中止しなくてもよかったり、お金や手間をかけて対策をしなくてもよかったりしたところがあったでしょう。防災が達成できればその裏の損失は見過ごしてもいいのかと言われれば、それは時と場合によるでしょう。私自身も自問自答すべきところがありました。安全という予報を出す側も大いに勇気がいります。予報を出すのに「勇気」という言葉を使う時点で、天気予報は人間的ですね。予報哲学もいろいろとあります。

実は昨晩の中秋の名月、京都でも少しの間、見ることが出来ました。私も予報士のはしくれとして、予報資料を見てチャンスはあると判断して神泉苑へと向かいました。しばらく待っていると、雲の合間から月が輝き、今年も中秋の名月を眺めることができました。確信を持って出かけられるのも予報士の役得です。

そして今夜は十六夜(いざよい)の月。「いざよい」とは、ためらう・躊躇するとの意味の言葉「いざよう」の連用形が名詞化した言葉で、すなわち月が昇るのをためらっていることを表しています。月が「ためらう」時間幅は時期によって異なりますが、今の時期は1日に35分ほど遅れて昇ってきます。今夜はまず、八坂の塔の後ろに静かに昇る月を眺めてきました。ご近所の方も月見に出られていて、きっと毎年楽しみにされているのだろうなと感じました。

その後、三年坂を経て清水寺へ。昼間は人で大賑わいの観光道路ですが、さすがに夜はほとんど人に出会いません。清水寺の門前では、守衛さんも外に出て月を眺めていました。写真を撮っているのも私だけで、場所を気にせず撮りたい放題でした(笑)

帰りは石塀小路・東大谷を経て、円山公園から知恩院へ。ちょうど知恩院の三門上空に月が昇っていて、厳かな雰囲気でした。話は変わりますが、月の模様は日本では兎が餅を付いている場面といわれます。ところが、カナダのインディアンではバケツで水を運ぶ少女、北ヨーロッパでは本を読むお婆さん、南ヨーロッパではハサミの大きな蟹に見えるそうです。星座と同じで想像力の豊かさを感じますね。模様に見える月の黒い部分は「海」と呼ばれています。もちろん実際に水をたたえた海は無いのですが、これもかつて望遠鏡で月を覗いた天文学者の推測から名付けられました。

空気の澄んだ秋の時期は月見にはよい時期です。月は太陽の光を反射して輝いていますので、太陽の高度が高い6月前後は反対に月の高さは低くて見やすいのですが、いかんせん空気に水蒸気が多いために透き通るような輝きは少し不足しています。一方、太陽の高さが低くなる12月前後は、反対に月は高く昇り、月の出からほどなく空高くへと昇ってしまい、首も疲れて月見には不向きです。秋は空気が澄んで、月の高さもほどよいために月見に適しているということができます。以上、つれづれなるままに、月について書いてみました。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年目。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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