気象予報士 登録から10年


私ごとですが、気象予報士になってちょうど10年を迎えました。今回は試験当時の回顧録と空の写真を載せたいと思います。

気象予報士に登録をされた日付が平成14年10月31日でした。今日がちょうど10年。明日からは11年目の気象予報士になります。「私と天気予報との出会い」については昔ブログに書いたことがありました。思い起こせば、気象予報士になろうと思ったのは、NHKの番組「オトナの試験」で気象予報士が紹介されていたのを見てからでした。小学生のころから社会と理科が大好きだった私は、高校時代に文理分けに直面し、迷いながらも文系を選んでいました。しかし、物理化学部の部長もしていて、受験の際には気象の道へと進めないかも本気で考えていました。結局、考古学を学びに京都へとやって来た私でしたが、考古学が自分の肌に合わないと感じ、新しく情熱を傾けられることを探していた時に「オトナの試験」に出会うのです。「これだ!」と思った私は、次の日には京都駅の南にあるアバンティの本屋へ行き、「はじめての気象予報士試験」という本を買いました。

ただ、道乗りは険しく、気象系のカリキュラムが無い大学だったためまわりに質問を出来る人はおらず、養成講座のような者に通うお金もありません。さらには、文系であったために物理を全く学んだことがなく、物理の基礎的な話でもわからないことが多くありました。「コリオリ力(りょく)」を、長らく「コリオリカ(こりおりか)」だと思っていたくらいです(笑)後日談では、当時の友人は文学部生の私が受かるわけないだろうと思っていたそうですが、私自身は全く不可能だと思っておらず、1年半後の合格を目標にして少しずつ独学で勉強を続けて行きました。大学の講義中に隠れて気象の本を読んでいたことも思い出します。

そして、思い立ってから1年半ほどを経た20歳の夏の試験で合格することが出来ました。合格発表はハガキで届き、結果を見た時は人生で初めて嬉し泣きをしました。1年半という比較的短期間で合格できたのはやはり学生で時間もあったことが大きかったでしょう。その後、登録番号4000番を狙って申請を出し、惜しくも登録番号は3992番の気象予報士となったのが平成14年10月31日のことでした。

気象予報士になったから実際に予報が出来る能力があるかというと、全くそうではありません。あくまでも運転免許のようなもので、実務的な予報スキルはさらにその先にあります。予報士試験で出題される天気図は非常に分かりやすい極端なものばかりですが、日々の天気図はさらに複雑。初めて見た「その日の天気図」は、予報士ながら全く「天気翻訳」出来ませんでした。ただ、日々天気図を見ながら気象台の”模範解答”とすり合わせをしていくことで、だんだんと力が付いて行きます。また、独学だった私の場合は、やはり民間気象会社に勤めたこともスキルアップには大きかったと思います。今では取得から10年も経っていますので、当然ながら日常の予想に困ることはありません。

天気が分かることは非常に便利です。私は晴れ男ですが、それは天気の流れを考えて予定を組んでいるからでもあります。旅行にとっては、晴れや雨の単純な予報もさることながら、晴れなら晴れで雨なら雨で、それぞれに美しい場所がありますので、いつか天気予報を踏まえたその日の京都のお勧めスポットを提案できるような情報を出せたらと考えています。京都旅屋では予報業務の許可を取る(独自予報を出せるようになる)のが目標で、少しずつそこに近づいて行きたいと思っています。今後ともご声援、よろしくお願いいたします。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。2011年秋は京都の紅葉約250カ所、2012年春は京都の桜約200カ所を巡る。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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