神泉苑の恵方社は、日本で唯一ここだけというお社で、恵方を司る歳徳神(としとくじん・さいとくじん)がお祀りされています。最大の特徴は、社殿を動かすことができること。すなわち、常にその年の恵方に向かって参拝することができるのです。毎年大晦日の夜22時半から神事・法要が行われた後、新年の恵方に合わせて社の向きが変えられています。
歳徳神はいわゆる歳神(としがみ)様のことで、毎年お正月に各家々にやってくるとされています。鏡餅は歳神に供えるものであり、門松はその松や竹の尖った先端が歳神が宿る依り代で、各家に歳神を呼び寄せる目印としての意味を持っているのです。歳徳神の出自や由来は諸説あって複雑ですが、一説には方位をつかさどる八将神の母である頗梨采女(はりさいじょ)であるとされており、この頗梨采女(はりさいじょ)は、牛頭天王の后でもあります。
牛頭天王は、スサノオノミコトと同一視されていますので、頗梨采女(はりさいじょ)はすなわちスサノオの妃である、クシナダヒメのことであるともされ、実際に八坂神社では、クシナダヒメは歳徳神であるとしています。頗梨采女(はりさいじょ)の子どもは8柱の八将神で、八坂神社にも八柱御子神(やはしらのみこがみ)、すなわち8柱の神々が祀られている点からも繋がっていきます。つまり、年始に八坂神社に参拝するとスサノオが持つ厄除けの御利益に加えて、歳徳神から1年の福徳までも授かれるというのです。何やら連想ゲームのようですね。いずれにしても、一年の豊作をつかさどり、すなわち福徳をもたらす神として民間での信仰を集めています。
さて、恵方は東北東や南南東のように16方位で表される(実際には恵方はそのやや右になる)ことが多いのですが、歳徳神はその年の十干(じっかん)によって居る方角が決まるとされます。ならば、恵方の方角は10通りかといえばそうではなく、実際にはたった4通りしかありません。意外と少ないのですね。といった予備知識を持って神泉苑の恵方社の周りをよく見てみると、気がつくことがあります。参拝者が立つ台石は、恵方社の周りにちゃんと4か所しかありません。恵方社の恵方の改めは、この台石を基準にして行われているのです。
神泉苑は善女龍王社が目立つため一見神社のようですが、東寺が管理するお寺です(神泉苑で雨乞い対決をした空海は東寺の僧でした)。ということで、恵方社の前ではお坊さんが神仏習合の儀式を行います。一通りの儀式が終わると、5~6名が社を囲んで、ズズズっと社を動かしていきます。この場面を見ようと大勢の方が恵方社の周りを囲んでいます。社の向きが新年の恵方に変わると、改めて儀式を行って、参拝ができるようになります。新年の福徳を祈願して、長く列が伸びていました。
恵方社の向きが変わると、神泉苑に面した平八さんより年越しそばの無料接待があります。恵方社への参拝を終えた方々が、こちらにも長い行列を作っていました。その後、除夜の鐘へと神泉苑の行事は続いていきます。かつての天皇の禁苑であった場所で年を越すのも趣がありますね。私も早速、恵方社に参拝をして、2013年の発展を祈願させていただきました。恵方社の向きが変わる様子は、動画もありますのでご覧ください。
ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)
気象予報士として10年。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。2011年秋は京都の紅葉約250カ所、2012年春は京都の桜約200カ所を巡る。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。