会津若松 摩訶不思議な建物 さざえ堂


3回にわたって書いてきた会津若松の史跡。今回が最終回。摩訶不思議な建物、さざえ堂です。

さざえ堂については、本当は白虎隊と一緒に書くつもりでしたが、白虎隊の記事が長くなりましたので、別の記事にしました。実はさざえ堂は飯盛山にあって、白虎隊の墓のすぐそばにありますので、隊士の墓と合わせてご覧下さい。ちなみに、飯盛山の階段は、まともに上るとかなりの険しい道のりですが、実は「動く坂道」もありますので、そちらも利用して頂くとよいでしょう。

写真を見ても伝わるように、さざえ堂はユニークな形をしています。まさに「さざえ」の貝殻のようですね。内部も二重らせん構造という独特な造りで、入口からスロープで上にのぼって行くと、そのまま続きの一本道で下りになり、出口は入口の真裏になっています。行きと帰りで交差することなく参拝ができるという摩訶不思議な建物。こうした建物は江戸時代の中期以降に関東から東北にかけて突如として現れました。さざえ堂と呼ばれる建物は全国で4棟あるものの、会津のさざえ堂のような一方通行の二重らせんの塔は、唯一ここだけ。非常に貴重な建物として、国の重要文化財に指定されています。

かつて堂内には西国三十三ヵ所観音霊場の各札所の観音像が安置され、お堂を巡ることでご利益を授かれたのだそう。内部も階段ではなくスロープというのも面白いですね。これも参拝者の足元の不安を取り除くためだそうです。こうした構造は古代オリエントにまでルーツがさかのぼるとの説もあり、江戸時代の半ばに洋書が解禁されたことが関連して、突然日本にこうした建築が現れたと考えられています。

さざえ堂は、旧正宗寺のお堂でしたが、お寺は廃仏毀釈によってなくなり、堂内にあった観音像も他所に移され、現在はかわりに「皇朝二十四孝」の額が取りつけられています。また、堂内にたくさんの千社札が貼られて、独特の雰囲気もあります。こうした古い建物の窓から覗く雪景色は、きっと江戸時代と変わらないのだろうなと思いました。新島八重が終生持っていたという写真には、飯盛山の白虎隊士の墓と、このさざえ堂がありました。きっと八重もこのお堂に上がっていたのでしょう。

最後に、八重の桜のオープニングで登場する見事な桜「石部桜」まで足を延ばしてみました。少し市街地より高めの場所にあって、田んぼの中に咲く孤高の桜といった印象です。正直、30cmほどの雪の中でたどり着くのは非常に厳しかったです(笑)ただ、雪が解けた春には、ドラマの美しい映像のように花を咲かせ、今年は例年以上に多くの方を楽しませてくれるのでしょう。一面の雪景色の中に伸びる立派な枝ぶりを眺め、その美しさに思いをはせました。

さて、4回にわたってお届けしてきた会津若松の史跡。個人的には、八重に関する情報だけでなく、様々なよい知識を得、美しい景色も眺めることができたと思っています。今回行けなかった東山温泉界隈なども、また時間をみつけて見に行けたらよいですね。また、今回はかなりのスポットは回れたほうだとは思いますが、実はかなり道に迷いました。京都を訪れる旅行者のためにも、改めて頑張っていこうとも思いました。皆様もこの機会に東北の観光に目を向けて頂ければ幸いです。以上、末筆ですが、今回の会津若松行きにご協力いただいた皆様。本当にありがとうございました。なお、動画はおまけです。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。2011年秋は京都の紅葉約250カ所、2012年春は京都の桜約200カ所を巡る。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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