東寺 実りを占う灌頂院の絵馬

東寺 灌頂院の絵馬
4月21日は各地で行事・祭事が行われましたが、東寺では灌頂院(かんじょういん)の閼伽井(あかい)に絵馬が掲げられました。この絵馬の出来栄えで、その年の農作物の実りを占います。

東寺 灌頂院4月21日は、真言宗の開祖、弘法大師・空海が入定した(亡くなった)日に行われる法会、正御影供(しょうみえく)が東寺で行われます。空海は、835(承和2)年3月21日に入定し、現在の暦に合わせて1か月遅れで正御影供が催されています(各月21日には御影供が行われています)。この4月21日の正御影供の日に公開されるのが、灌頂院の閼伽井に掲げられる絵馬です。

灌頂院 閼伽井灌頂院の敷地は、一般の方は年間2日しか入る機会がない場所。そのうち1回は、1月に行われる後七日御修法(みしほ)の結願日である1月14日で、以前にこのブログでもご紹介しました。この時は、灌頂院の建物内まで入ることができますが、4月21日の正御影供では、閼伽井(あかい)の辺りのみが公開され、灌頂院の建物へは入ることができません。ただ、公開時間は9時から午後3時と長くなっています(1月14日は1時間のみ)。

2013年の絵馬4月21日は、灌頂院の北門のみが開きます。北門を入ればすぐ右側に閼伽井の建屋があり、そこに3枚の絵馬がかかります。閼伽井は、灌頂院での修法の時に水を汲む井戸で、この井戸の水は弘法大師・空海が雨乞いをしたことで有名な神泉苑に通じているといわれ、建物の屋根の内には神泉苑と同じく「善女龍王」が祀られているそう。

2012年の絵馬天正17(1589)年6月、来る日も来る日も日照りが続いて民百姓が困っていたため、応其(おうご)上人がこの井戸を清め、善女龍王に雨乞いの祈願をしたところ、その修法の最中に見事に雨が降り出し人々が大いに喜んだと伝わります。以後、井戸の上には建屋が設けられたということです。余談ですが、応其上人は木食応其(もくじきおうご)とも呼ばれ、主要な穀物を断って木の実を食す木食行を実践した僧です。秀吉が紀州根来寺に攻め入った際には、和睦交渉を行い、以後秀吉と懇意となった応其上人は、高野山の復興、東寺の復興を果たし、方広寺の創建にも大きくかかわっています。

2011年の絵馬閼伽井に掲げられる絵馬がいつから行われているかは、私の手元に定かな資料はありませんが、絵馬は弘法大師・空海が書くとも、龍神(善女龍王)が書いたものが井戸の中から出てくるともいわれています。この絵の出来栄えによって、その年の農作物の実りを占うのですが、その方法は「昨年や一昨年の絵と見比べる」というやりかたです。そのため、絵馬は計3枚掲げられていて、真ん中が本年、右が昨年、左は一昨年です。絵馬の裏側には「天下太平 風雨順時 五穀成就 万民快楽」の文字と年号が書かれているそうです。

公開の案内馬の頭の方が早い時期、尻尾の方が遅い時期を表していて「馬の首が去年より太いから、田植えころは順調だが、胴が気になるから花時は注意、尻尾はピンとしているから、結果的には豊作になるだろう」などと、昨年までの気候と絵とを重ね合わせながら、今年の絵を読みとっていったそう。東寺の案内板によれば「馬の顔が長いから、前期は雨が多い」「胴が太いから中ごろに日照りが少ない」といった例も書かれていました。毎月21日は弘法市も行われ、境内は大いに賑わっていますが、灌頂院の絵馬をに見に来る人は現在はまばらのようです。時代を越えて受け継がれている面白い風習が、この先も残っていってほしいですね。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。2011年秋は京都の紅葉約250カ所、2012年春は京都の桜約200カ所を巡る。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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