神泉苑祭 稚児行列と静御前の舞

神泉苑 静御前の舞
5月初めに神泉苑祭が行われ、稚児行列静御前の舞などが披露されました。

神泉苑 神泉苑祭神泉苑は、二条城に南に残る平安時代の天皇の庭、禁苑だった場所です。現在も池が残り、赤い橋もかかって雰囲気の良い場所です。清らかな水(神泉)が絶えず湧き続ける場所であることから、平安時代から雨乞いの地ともなり、東寺の空海と西寺の守敏の雨乞い対決でも知られています。平安時代の日照りの際には水門が開かれて水が放流されたこともありました。

神泉苑 ツツジ空海と守敏の対決は、「日照りが続いた」というイメージから一般的には「夏」に行われたとされていますが、記録上は824年「2月」だともされます。旧暦を計算できるサイトを利用して新暦に直せば、現在の3月に相当する期間で、降水の少ない冬を経た時期でもあり、雨乞いをするのも矛盾はないでしょう。とりわけ京都は飲み水を井戸水に頼っていて、日照りが続けば涸れてしまうものでした。京都で飲み水の心配がなくなるのは、第2疏水ができる近年まで待たねばなりません。二人の雨乞い対決は、いずれ気象予報士的に気候を推測して、どちらが天気の読みに優れていたかを検証してみたいネタですね。

神泉苑 剣鉾神泉苑は、後の祇園祭に繋がる御霊会(ごりょうえ)が催されたことでも知られます。御霊会とは、政治的な陰謀によって非業の死を遂げた人々の怨霊(おんりょう)を慰めることで、疫病を鎮めた祭です。奈良時代から平安時代にかけては、疫病や高貴な人たちの不幸は怨霊によってもたらされると信じられていました。祇園祭の前身となった御霊会では、当時の国の数66にちなんで66本の鉾をたてたとされ、現在も神泉苑祭では、神泉苑に剣鉾が立つ様子を見ることができます。

神泉苑 稚児行列さて、神泉苑祭です。祭りは1日から4日にかけて行われ、神泉苑大念仏狂言も連日奉納されています。同じ時期に千本閻魔堂の大念仏狂言も行われていますが、どちらも大勢の人で賑わっていました。また、子ども神輿や稚児行列も行われます。

神泉苑祭 静御前の舞行列には地元からたくさんの子どもが参加するとても可愛らしい行列で、神泉苑の向かいから二手に分かれて氏子地域を歩いてきます(少雨は三条商店街の巡行、荒天中止)。一生の記念ともいえるお稚児さん姿ですので、親御さんがビデオカメラを持って一緒に歩いていく様子が印象的でした。

神泉苑祭 静御前の舞夕方には静御前の舞も行われました。平安時代末期に活躍した牛若丸こと源義経の妾として知られる静御前。義経が見初めたのは、神泉苑で行われた雨乞いの舞の時だったともされます(その後の「住吉での雨乞い」との話も)。彼女が舞うと黒雲が湧き立ち、たちまち雨が降ったそう。神泉苑祭での舞の披露は昨年も見に来ましたが、現代邦楽に乗せて舞う姿はとても優雅で、綺麗でした。今年改めて見ても、やはり神泉苑で見る舞は格別だと感じます。昨年のブログもよければご覧ください

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。2011年秋は京都の紅葉約250カ所、2012年春は京都の桜約200カ所を巡る。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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