北野天満宮の大茅の輪くぐり

北野天満宮 大茅の輪くぐり
6月30日を前に、京都各地で茅の輪が搭乗しています。北野天満宮では、25日に大茅の輪くぐりが行われました。

北野天満宮 茅の輪茅の輪は6月30日を中心に京都各地のかなりの数の神社に登場します。由緒は祇園祭で配られる粽(ちまき)と同じで蘇民将来の故事により、疫病除けに加え、半年間でたまった罪や汚れをはらうために茅の輪をくぐります。くぐり方は神社ごとに少しづつ違いますが、基本的には「水無月の なごしの祓いする人は ちとせの命 のぶというなり」という歌を唱えながら、左→右→左と無限大マークや8の字を描くように通過して最後に本殿を参拝します。

北野天満宮 茅の輪昔は「夏を越える」ということは本当に大変なことでした。というのは、気温が上がって疫病が流行りやすく、大雨による洪水も多発する季節、かたや日照りで干ばつも起こることがあるなど、人の力では防ぎようがない災害のオンパレード。無事に夏を越せるかどうかは「神頼み」しかない部分もあったのでしょう。茅の輪や水無月を見るたびに、そうした人々の長年の思いを感じます。

北野天満宮 茅の輪くぐり北野天満宮のご祭神である菅原道真は雨を司る雷神でもあり、道真が祀られる以前は文字通り「天神」を祀っていました。雨も災害もまさに天のなせる技です。また、平安時代には天変地異や疫病は、この世に恨みを持って亡くなった高貴な人の怨霊によってもたらされると信じられ、怨霊を鎮める御霊会(ごりょうえ)が度々行われました。道真も怨霊の一人として厚く敬われ、今のように学問の神として若者が大勢訪れるのとはまた違った信仰を集めていたのです。

大茅の輪北野天満宮の大茅の輪は大きさが約5mと、城南宮の半円の茅の輪を除くと、京都でも最大とのことです。竹の芯にくくりつけられた茅は重さ約1トンもあり、前日に神社の男性総出で楼門に掲げられます。25日は道真の生誕日でもあり、25日5時の開門と同時に多くの方が茅の輪をくぐっていきます。そしてこの大茅の輪の茅(カヤ)は、抜き取る方が後を絶たないのも特徴で、各自で抜き取った茅から小さな茅の輪を作って、家に飾る風習となっています。

茅を抜き取る人々実は北野天満宮では「抜き取っても御利益はない。持ち帰りは慎んで」と呼びかけているのですが、積年の慣習もあって、朝早くから茅(かや)はどんどん抜き取られ、午前9時の段階で既に横の部分は無くなっていました。9時20分頃には上の茅の抜き取りも始まっていましたので、恐らく午前中には竹の枠だけになっていたと思います。実は10年ほど前に、お昼のニュースで大茅の輪くぐりを知って午後に訪れてみたら、その跡形のなさにショックを受けた思い出もあります。大茅の輪のあるべき姿を見たい方は早朝に訪れてみて下さい。

北野天満宮 茅の輪くぐり北野天満宮には本殿前にもう一つ茅の輪がありますのでご安心を。大茅の輪ほどではありませんが、人がくぐるには十分な大きさです。この時期の京都は修学旅行シーズンのため、たくさんの修学旅行生が茅の輪をくぐって行くのが印象的でした。また、この茅の輪から茅(カヤ)を抜こうとすると、すぐさま神社の人が飛んできて注意されます。誰か一人でもそのようなことをすれば、あっという間に抜かれて無くなってしまうため、厳しくチェックされているのです。くれぐれも、くぐるだけにしておいて下さい。

北野天満宮 御誕辰祭に向かう神職京都全体でみると、茅の輪から茅(カヤ)を抜き取るのは、基本的にはNG。茅の輪は穢れを吸い取るものですので、それを持って帰ることは穢れや災厄を持ち帰ることにもなってしまうという考え方です。神社によっては、親切に持ち帰り用の茅を置いて下さっているところや、小さな茅の輪を授与して下さるところもあります(有料)。京都で茅(カヤ)を抜き取っているのは、北野天満宮と、祇園祭最後の行事である7月31日の疫神社夏越祭くらいでしょうか。6月30日にかけて京都各地で茅の輪くぐりが行われていますので、半年間の罪穢れを落としに足を延ばしてみてもよいでしょう。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。2011年秋は京都の紅葉約250カ所、2012年春は京都の桜約200カ所を巡る。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です