新熊野神社 綱掛祭と石見神楽

新熊野神社 綱掛祭の石見神楽
12月23日に、新熊野神社で綱掛祭が行われ石見神楽も奉納されました。

新熊野神社 楠新熊野と書いて「いまくまの」と読みます。京都検定一級受験者の間では間違えやすい漢字として有名かもしれません。新熊野神社は、平安時代の末期、後白河上皇の御所・法住寺殿の中に、平清盛が造営した神社です。清盛は熊野権現を篤く信仰していました。清盛がまだ安芸守であったとき、舟を使って熊野へ参詣した際に、大きな鱸(すずき)が舟の中に飛び込んできました。鱸は出世魚で、これは熊野権現のおぼしめしだと修験者が食べることを勧めるので、精進潔斎をしていた身ではあったものの、清盛が自ら調理をして食べたといわれています。

新熊野神社 楠その後の清盛の出世は目覚ましく、ついに最高位の太政大臣にまで昇りつめて行きました。熊野信仰は平氏だけでなく、当時の皇族・貴族の間にも広がっていて、後白河上皇は生涯に34回も熊野詣をしたそうです。新熊野神社は、清盛が熊野から土砂を運んで創建したともされるほど、篤い信仰心によって築かれました。今も境内のシンボルとなっているのが、後白河上皇のお手植えといわれる大きな楠。健康やお腹守護のご利益でも知られ、植えた後白河上皇のお腹の病を治したと伝わります。

新熊野神社 綱掛祭ご神木である立派な楠にかけられている綱を掛け直すのが綱掛祭で、毎年12月23日に行われています。神事やお祓いの後、太さ15m、直径15cmといわれる太い綱が氏子らによって運ばれ、楠に掛けられていきます。そして綱が新しくなると、参列者が順番に楠に玉ぐしをささげて、来る年の無病息災を祈願し、楠に抱きついてその悠久の生命力を感じさせて頂くこともできました。参拝が終わると、吉兆の稲穂や粕汁を授与して頂きました。

新熊野神社 綱掛祭の石見神楽続いて、境内では石見神楽の奉納が始まります。京都造形芸術大学の学生らで構成された瓜生山舞子連中による奉納です。ここ数年の京都では、各地で積極的に公演を行っており、京都で石見神楽を見られる機会が格段に増えています。本場島根の石見神楽では、小さな子どものころから石見神楽に取り組んでいますので、そのキレや演技の完成度は本場にはかなわないと感じる部分も個人的にはありましたが、年々上手くなっているように感じます。これから先も、京都に石見神楽の面白さを広めていって頂きたいですね。

新熊野神社 綱掛祭の石見神楽新熊野神社の綱掛祭での奉納は、2012年から始まりました。昨年は塩祓いと大蛇(おろち)が奉納されましたので、今年は「恵比須」の演目が奉納されました。「恵比須大黒」として大黒様も一緒に登場することがある演目ですが、ここでは単独で披露されました。石見神楽は、笛や太鼓の非常に軽快なリズムに乗って激しく踊りながら物語を進めて行くというものです。非常に見ごたえがありますので、一度見ると、はまってしまう方も多いでしょう。

新熊野神社 綱掛祭の石見神楽新熊野神社で奉納された「恵比須」は、釣りが上手な神様として知られる恵比須様が鯛を釣り上げる場面を演じます。とても動きが大きく軽快で、楽しそうに演じていました。演技の途中では、お決まりですが、飴を撒く場面もあり、子どもたちが喜んでいました。また、5円玉が入ったお年玉を下さる場面もありました。それにしても、恵比須様は見事なまでの福顔で、めでたい姿が印象的ですね。ということで、このブログ記事は新年の公開にしてみました。京都では1月10日に「十日えびす」の行事が行われ、恵比須神社や八坂神社を中心に賑わいます。京都旅屋でも、1月10日に粟田神社・八坂神社・恵比須神社を巡る散策を実施しますので、是非ご参加頂ければと思います。

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ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年以上。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。2011年秋は京都の紅葉約250カ所、2012年春は京都の桜約200カ所を巡る。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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