起伏に富んだ善峯寺の境内

善峯寺からの眺め
昨日はアジサイをご紹介した善峯寺。今回は境内の風景をご紹介します。

善峯寺 遊龍松善峯寺は、西山の中腹にある門跡寺院で観音霊場としても信仰が厚い一方、起伏に富んだ境内から望む眺望と四季折々の花が美しいお寺です。また、多宝塔と経堂の前にある樹齢600年以上という五葉松は、高さは2-3mですが左右に30m以上も枝を長く伸ばしている姿から「遊龍松」と呼ばれ、国の天然記念物に指定されています。

善峯寺 桂昌院像善峯寺は平安中期の長元2(1029)年、源算上人が小堂に自作の千手観音をお祀りしたのが始まりです。その後、最盛期には50余りの堂塔が立ち並んで隆盛を極めましたが、応仁の乱で焼亡し、江戸時代の元禄年間に徳川5代将軍・綱吉の生母である桂昌院の寄進によって現在の諸堂が再建されました。境内の最上部に近い場所には桂昌院の像もあり、足元には犬将軍と呼ばれた綱吉の母ということからか、可愛らしい子犬の像が寄り添っています。

善峯寺 桂昌院像の子犬桂昌院は西陣の八百屋の娘だったともいわれますが、幼いころに父母に連れられて何度か善峯寺へ参拝をしていたそうで、特に手厚く復興がなされました。綱吉が出した「生類憐れみの令」は、綱吉に嫡子がないことを心配した桂昌院が、僧・隆光の「殺生を禁じて生き物を大切にすれば子が授かる。」との言葉を信じ、綱吉に訴えたことから始まったとされていますが、一説には綱吉は、犬猫動物はもとより人まで試し切りの対象となっていた殺伐とした江戸の世相を憂い、儒教の精神で変革しようとしたものであって、平和な社会に変換させたともいえると評価されています(以上善峯寺ホームページより)。

善峯寺 釈迦堂さて、境内では釈迦堂の中に石造りで合掌をした珍しい釈迦如来像が安置されています。お堂に上って参拝ができますので、ぜひお姿をご覧ください。この釈迦如来像は、開山の源算上人が刻んだものとされ、元々は寺より約2㎞離れた釈迦岳にあったそうですが、明治時代に境内に移されました。

善峯寺 薬師堂からの眺望桂昌院の像を経て薬師堂に進むと、境内一の眺望が開けます。個人的には2013年にこの辺りから「初日の出」を望みました。真冬の早朝に向かうのは厳しいものがありますが、当時は自転車をこいでやってきました。懐かしい思い出です。境内でもここまで登るのは大変です。そのかわり、ご褒美ともいえる眺望が待っていますので、ぜひゆっくりとご堪能下さい。

善峯寺 青蓮院宮墓地薬師堂からさらに奥に進むと、茂みの中に青蓮院墓地と善峯寺に関係する僧侶の墓があります。平安時代の末期には、境内にあった蓮華寿院が青蓮院の門跡(門主)の隠居所とされたためで、青蓮院初の門跡である覚快法親王や、百人一首でも知られる慈鎮(慈円)和尚ら、門跡や天台座主経験者の墓が並んでいます。加えて、法然上人の弟子として活躍をし浄土宗西山派の祖師となった証空上人や、その両者に帰依した宇都宮連生房(宇都宮頼綱)の墓もあります。頼綱は襖絵に貼る和歌の選定を藤原定家に依頼しましたが、これがかの有名な百人一首。このエリアには、様々な名のある僧侶の墓が集まっています。

善峯寺 桂昌院お手植えの桜境内はここから下り。雨の日は足元には特に気を付けて下山してください。経堂の脇まで降りると、桂昌院お手植えという枝垂れ桜の木があります。以前、咲いている時の写真をブログでご紹介しました。最後になりましたが、境内入り口の山門をくぐって最初に現れる本堂に。西国三十三所観音霊場の20番札所でもある本尊の十一面千手観音像が安置されています。まずはこちらに参拝ののち、境内を巡拝ください。

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ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年以上。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。2011年秋は京都の紅葉約250カ所、2012年春は京都の桜約200カ所を巡る。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。毎月第2水曜日にはKBS京都ラジオ「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」に出演中。「京ごよみ手帳 2016」監修。特技はお箏の演奏。

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