京都府の南部、笠置寺(かさぎでら)の紅葉が見頃を迎えています。
笠置寺は、後醍醐天皇が鎌倉幕府倒幕の元弘の変に際して立てこもったことが歴史上有名なお寺で、特に戦前は参拝者が多かったそうです。また、巨大な岩に彫られた磨崖仏(まがいぶつ)でも知られ、本尊の弥勒磨崖仏は高さ15mもあります。残念ながら、弥勒磨崖仏は3度もの火災によって炎にさらされた結果、その姿は消え去り、現在は光背部分の輪郭だけが残されています。しかし、近年の技術の発達により、ほんのわずかに残された線の痕跡から復元された弥勒磨崖仏の姿が、正月堂の堂内や収蔵室で見ることができます。お見逃しなきよう。
笠置寺の創建は古く、2000年前から巨岩信仰にの対象になっていました。現地に立つとわかりますが、非常に大きな岩が至る所で見られ、神秘さを感じる気持ちも実感できるでしょう。こうした岩場の多い山容から、笠置山は修験道の行場としても古来から知られていました。本尊の弥勒磨崖仏には、大友皇子の伝説があります。
飛鳥時代、天智天皇の子・大友皇子が笠置山の山中で鹿狩りをしていたところ、夢中になりすぎて危うく岸壁から転落しそうになりました。幸い一命は取り留めましたが、進退きわまって困り果てた皇子は、山の神に祈り、もし助かることができたら岸壁に弥勒物を刻んで供養しようと願をかけたのです。その後、無事に都に戻ることができた皇子ですが、山を去るとき、祈願したことを忘れないため笠を置いて帰り、そこから笠置の名がついたと伝わります。
後日、約束どおり皇子が山中に訪れると、一羽の白鷺が導いてくれました。そこから「かさぎ」は「鹿鷺」とも書くようになったそう。伝説では、弥勒磨崖仏を彫る際、岩のあまりの大きさに、また皇子が困っていると、天人が舞い降りて、みるみる間に彫り上げたということです。実際の調査では、奈良時代中期には弥勒磨崖仏は彫られていたことがわかっていて、天人も中国から来た渡来人を差すと考えられています。
寺は奈良とのつながりが深く、弥勒磨崖仏の下には、東大寺の開山である良弁の弟子、実忠が建立したと伝わる「正月堂」があります。奈良の東大寺には二月堂・三月堂がありますが、実は正月堂は二月堂で行われる「お水取り」に関わっています。実忠が天平勝宝4(752)年に、二月堂で初めてのお水取り(十一面悔過:じゅういちめんけか)を行った際、先んじて正月堂で正月1日から27日間、昼夜六時の行を修したと伝わります。また、鎌倉時代の奈良仏教界のエースとして活躍した解脱上人・貞慶は笠置寺を拠点のひとつとし、母を供養するためという十三重石塔が本尊の近くに建てられています。
笠置寺の境内は今でも行場になっていて、巨岩の間を通り抜け、あるいは乗り越えながら散策することができます。正月堂を過ぎると、いよいよ行場の雰囲気が強まって巨岩が迫り出してきます。寺内の磨崖仏で最も美しく残っているのは虚空蔵磨崖仏。寺伝では弘法大師・空海が一夜にして彫りあげたと伝わりますが、調査によると本尊と同じく奈良時代の渡来人の作といわれています。虚空蔵磨崖仏の前に立てば、その大きさに圧倒されることでしょう。足場が狭く、磨崖仏をほぼ真下から見上げるような形になるため、余計に大きく見えるのかもしれません。線は大変くっきりと残っていて、当尾の石仏群などと比べても、その美しさは京都の磨崖仏でも指折りだと思います。
他にも胎内くぐりや、木津川や山々の絶景を望める平等石という大岩、元弘の変の際に奇襲用の石として据えられたといわれる”ゆるぎ石”、蟻の戸わたりと呼ばれる、蟻のように一人づつしか進めない狭い岩場もあります。さらに先に進むと、元弘の変で後醍醐天皇が入られた行在所跡も出てきます(ただし現在は木々が危険のため立ち入れないよう)。
そしてこの時期は紅葉の素晴らしい場所も現れます。背の高いカエデの木が光に輝いて見事の一言。いつか見に来たいと思っていた場所なので、美しいときに来ることができて感動しました。ちょうどお昼時とあって、ベンチに座ってお弁当を食べておられる方々も。紅葉に囲まれた最高の場所です。私もしばしよい時間を過ごさせていただきました。笠置寺へは自家用車で行くことができるほか、JR笠置駅から坂道を登っても行くことができます。なかなか険しい道のりですが、巨岩に囲まれ、絶景も堪能でき、興味深い歴史も秘めたお寺です。是非一度は、訪れてみて下さい。
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ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)
気象予報士として10年以上。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。8年ぶりに受験した第13回京都検定で再度1級に合格し「京都検定マイスター」となる。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。毎月第2水曜日にはKBS京都ラジオ「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」に出演中。「京ごよみ手帳 2018」監修。特技はお箏の演奏。