巨大な一枚岩「立岩」と聖徳太子・穴穂部間人皇女の像

京丹後市にある立岩は、丹後を代表する絶景のひとつです。

聖徳太子・穴穂部間人皇女の像

丹後半島の北西部沿岸に位置するのが「間人」。間人と書いて「たいざ」と読ませる難読地名で、晩秋から冬にかけて間人ガニが獲れることでも知られています。立岩はその間人へと流れる丹後半島の主要河川・竹野川の河口にある巨大な岩です。道の駅「てんきてんき丹後」を通り過ぎてすぐの川が竹野川で、川沿いに沿って河口に進むと立岩の傍まで行くことができます。つい先日、訪れてきました。

立岩

まず初めて見るとその大きさに驚くことでしょう。丹後地方のガイドブックでは必ず紹介されている代表的なスポットではありますが、写真ではこの大きさはなかなか伝わりません。京都のエアーズロックといっても差し支えないほどの大きさで、周囲は約1㎞、高さは約20mもある全国屈指の巨大な一枚岩だそう。

立岩

この巨大な岩は、地下から上昇したマグマが固まってできたもので、垂直に伸びた柱状節理の様子も近くだとよく分かります。地質的にも貴重な存在です。自然の力によってこうした巨大な岩が海辺に現れているのですから、驚くほかありません。川の河口に位置しているというのも不思議です。

聖徳太子・穴穂部間人皇女の像

そしてこの岩には、麻呂子親王の鬼退治伝説も伝わっています。麻呂子親王は聖徳太子の異母弟とされる人物で、親王は丹後の地で英古・軽足・土車という3匹の鬼を退治された時、二匹は殺し土車だけはみせしめのため、この立岩に封じ込めたといわれています。今でも強風時や波の高い夜などは、鬼の泣声が聞こえるといわれています。丹波・丹後で鬼退治といえば、大江山の源頼光の伝説の方が有名ですが、実はこうしたいくつかの鬼退治伝説が伝わっているのです。

聖徳太子・穴穂部間人皇女の像

そして、立岩の近くには母子の像も佇んでいます。辺りの地名「間人」の由来ともなった、穴穂部間人皇女(あなほべのはしひとのひめみこ)と幼い聖徳太子の像です。聖徳太子の母の穴穂部間人皇女は、蘇我氏と物部氏との争乱を避けて丹後に身を寄せたとも伝わります。そしてまた大和へと戻られる「退座」の際に、この地に自分の名「間人」を贈りますが、村人はそのまま口にするのは恐れ多いとして「間人(たいざ)」と読むことにしたと言い伝えられています。

聖徳太子・穴穂部間人皇女の像

このように立岩は丹後を代表する景勝地のみならず、丹後を代表する伝説を偲べる場所でもあります。丹後半島をドライブする際には、必見の場所のひとつ。ぜひ天気のよい波の穏やかな日に、足を延ばしてみてください。今回は夕暮れ時に訪れました。

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京都検定1級に5年連続最高得点で合格(第14回合格率2.2%)、「京都検定マイスター」。気象予報士として20年。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。毎月第2水曜日にはKBS京都ラジオ「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」に出演中。「京ごよみ手帳 2022」監修。特技はお箏の演奏。

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