
宇治の県神社では6月5日に県祭りが行われ、夜店が大いに賑わい、夜店が引き払った6日未明に「暗闇の奇祭」の異名を持つ梵天のぶんまわしが行われます。そして8日に行われるのが大幣神事です。その名の通り大人数名で担ぐ全長6mほどの大きな幣が出て、宇治の街を巡行して行きます。幣には3本の傘が差され、ここに八衢彦(やちまたひこ)、八衢姫(やちまたひめ)、久那斗(くなど)の三神が祀られているといいます。

さらに大弊には松の枝も付けられており、街々の厄(疫神)が集まり清められるとされています。そしてクライマックスの場面では、大幣を一気に引きずって全力で県神社から宇治橋まで走り抜け、大幣を宇治橋の上から宇治川に投げ捨てます。このかなりユニークな行事は宇治市の無形民俗文化財にも登録されています。

厳密には大幣神事は県神社のお祭りではなく、宇治橋の西側一帯の四つの町内の人々からならなる「大幣座」によって運営されています。かつての宇治は、宇治橋を挟んで東側(宇治神社側)と西側(県神社側)とで郡が異なり、宇治川がまさに境界でした。宇治橋の西側一帯や県神社は、江戸時代までは三井寺円満院の管理下にあり、大幣神事も円満院の主催で行われた祭りでした。明治になって神仏分離の流れの中で、宇治が円満院の支配下から離れた際に、大弊神事は県神社が預かることとなって、現在に至っているそうです。

また県神社の伝承では、藤原氏が宇治で政務を執った時に、宇治郷の静謐を願って大幣神事を始めたとされます。かつて平安京では都の四隅で道饗祭(みちあえのまつり)が行われており、都の中に魑魅魍魎が入り込まないように、八衢比古神・八衢彦神(やちまたひこのかみ)、八衢比売神・八衢姫神(やちまたひめのかみ)、久那斗神(くなどのかみ)の三神を祀って祝詞を唱えたという儀式があり、藤原氏が平等院を築いた宇治でも同様の神事を行ったのが大弊神事のルーツとも考えられています。

その視点では、大弊が進むルートは、県神社→宇治橋西詰→一の坂入り口(宇治神社御旅所付近)→県神社と三角形で、その頂点の場所(県神社、宇治橋西詰、一の坂)でそれぞれ儀式があるのは、道饗祭の流れを受け継いでいることの証左と言えるかもしれません。少なくとも元禄10(1697)年の「莵道旧記」に現在とほぼ同じ様相の祭礼の様子が描かれ、古くから伝わる厄除けの行事であることを伝えています。

さて、大幣の行列には榊や風流傘が付き従い、さらに馬に乗った神人が一緒に進みます。神人は、顔を隠すかのように紙垂(しで)を垂らした幣帽を被った特徴的な姿です。大幣は県神社を午前10時に出発して、県通りを宇治橋西詰へと進みます。宇治橋手前では短いですが神事があり、簡略化された道饗の祝詞が唱えられているとのこと。その後一行は宇治橋通りを進んで、宇治神社の御旅所前付近、一の坂の入り口付近へと向かって行きます。途中、何カ所かで大幣の下端を地面にコンと付ける儀式も行われます。

また、大幣が通る時には別に幣が配られており、見物人が受け取っていきます。この弊を玄関先に備えておくと厄除けになるとされます。一行がしばらく進んで宇治神社御旅所付近までやって来ると、「馬馳せの儀(うまはせのぎ、まばせのぎ)」があり、騎馬神人が御旅所前から一の坂と呼ばれる坂へと馬を4往復走らせます。この行事は中世からの儀式を伝えているとされ、今はアスファルトの道を走る馬も、その昔は歴史的な風景の中を走っていたのでしょう。

馬馳せの儀が終わると、大幣は本町通りを通って県神社へと戻ります。こうして宇治の街を一周して大幣を寄り代として厄を集めて来たわけです。県神社まで来るといよいよ神事もクライマックス。神社前の交差点で大幣が3周した後、一気に大幣を地面に落として宇治橋向かって引きずりながら全力で走り抜けます。

今年は巡行の様子と宇治橋で投げ捨てられる場面をご案内で訪れました。ご参加ありがとうございました。一気に走ってきた大幣の一行が宇治橋から大幣を投げ捨てて神事は終了です。今年は宇治川の水量が多く、みるみるうちに大弊は流れていきました(流れた大弊は回収されるとは聞きます)。個性的な「大幣神事」、機会がありましたらご覧になってみて下さい。
ガイドのご紹介 吉村 晋弥

京都検定1級に8年連続の最高得点で合格(通算10回合格。第14回合格率2.2%)、「京都検定マイスター」。気象予報士として20年。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。毎月第2水曜日にはKBS京都ラジオ「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」に出演中。BS朝日「あなたの知らない京都旅」、KBS京都(BS11)「京都浪漫」出演。特技はお箏の演奏。
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