京都のお月見 いにしえを偲ぶ広沢池の観月

広沢池と満月
9月9日は満月広沢池へと足を運んで、いにしえを偲びつつ月見を楽しみました。

満月今年の中秋の名月は8日でしたが、満月は9日でした。月が通常よりも地球に近づいてほんの少し大きく見えるという「スーパームーン」として注目をされていました。個人的には小学生のころから天文も好きで、当時から子供向けの天文年間を見ては、月と地球の距離が近くなる月(今で言うスーパームーン)を積極的に見ていたので、近年のブームには違和感がなくはないですが、世間の盛り上がりをきっかけに空や宇宙に興味を持つ子どもたちが増えてくれるならば嬉しいことですね。

広沢池と満月さて、広沢池は平安の昔から観月の名所としてしられ、和歌などにも度々詠まれてきました。現在も付近は風致地区として景観が保全されていて、都市部のすぐ近くでありながら、たいへん長閑な田園風景が広がっている貴重なエリアです。池のそばには清凉寺方面へのが通って交通量は多めですが、池越しの眺めは古くから変わっていないのでは思わせてくれます。

広沢池と満月9日は日中は晴れていましたが、夕方には雲が広がってきて、月がゆっくりと東の空から昇って来たころは、「叢雲(群れた雲)」が月を覆って光はぼんやりとしていました。まさに「月に叢雲、花に風」ですね。ただ、快晴の満月は光が強すぎるので、これはこれで綺麗な風景ではありました。月がゆっくりと昇るにつれて、池には一筋の光が伸びて私の方へと近づいてきます。幻想的な眺めでした。

広沢池と満月個人的には広沢池の観月が大好きで、中秋の名月の前後には、過去4年中3年訪れています。賑わしさとは無縁で、多少の人はいてもとても静かに眺めることができ、日や時間によっては、自分だけの貸切で素晴らしい月を楽しむこともできる場所だからです。そしていにしえの人と同じような感覚を追体験できるのも広沢池の魅力。

広沢池と満月「古(いにしえ)の人は汀に影絶えて 月のみ澄める広沢の池」と詠んだのは平安末期に活躍をした源頼政。平家政権の中で最終的に三位という高い位まで昇った人物だったところから「源三位(げんざんみ)」と呼ばれ、若き日の鵺(ぬえ)退治の伝説や、以仁王の求めに応じて挙兵をし最後は平家と敵対したことなどでも知られています。武芸に秀でた一方で、歌人としても優れた才能を発揮し、現代人でも唸るほどの秀逸な和歌を数々残しています。今回は源頼政が詠んだような広沢池の風景を写真に撮りたくて訪れてみました。「澄んだ月」がポイントですので、叢雲が出てしまうと困ったのですが、しばらく待てば晴れると思い待っていると、予定通り月は明るく輝いて概ねイメージ通りに写真を撮れました(今日のメイン写真)。頼政から見て「古の人」は、平安中期に大きな伽藍を誇った遍照寺の人なのか、観月に興じた貴族たちなのか、あるいは平家の人たちなのか、想像が広がります。

広沢池と満月もう一つ、広沢池の月で知られる松尾芭蕉の句「名月や池をめぐりて夜もすがら」があります。広沢池にひっそりと建つ席に石碑にも刻まれている名句で、広沢池のイメージにもピッタリですが、本当は深川の芭蕉庵での情景を詠んだものだそうです。いずれにしても、広沢池の観月は時代を越えて愛されて来たということでしょう。広沢池で月を眺めるとき、源頼政の歌と芭蕉の句はいつも頭に思い浮かびます。

散策・講座のお知らせ

散策・講座等のご依頼はこちらから!お気軽にご連絡ください。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 * が付いている欄は必須項目です