紫の雲がたなびいて創建された桜宮神社


京都の西には梅宮大社がありますが、今回は市街地に残る桜宮神社をご紹介します。

桜宮神社桜宮(櫻宮)神社は千本出水の交差点から東へ入るとある神社です。創建は今から900年ほど前までさかのぼる古社。平安時代の醍醐天皇の頃、現在の北野天満宮の場所にあった右近の馬場の桜の大樹の上に紫雲がたなびき、よい香りもして日輪が降臨したところから、太陽神である天照大神(アマテラスオオミカミ)を祀ったのが始まりと伝わります。右近の馬場は当時の桜の名所で、花見(桜狩)も行われていました。

この様子は気象的にいえば、「環天頂アーク」ではないかと思われます。桜の大樹であることから、たまたま上を見上げると天空に輝く環天頂アークが見えて・・・というストーリーが思い浮かびます。桜宮神社の伝承にある「日輪が降臨」というのも、環天頂アークの下に見える太陽との位置関係から説明できます。環天頂アークは空の真上である天頂の太陽側の下方の雲に現れる虹状の光で、実は結構な頻度で出現していますが、ほぼ真上を見ないと視認できないため、気付く人が非常に少ない現象です。事実、私が人が大勢いる中で写真を撮っていても全く空を見ない人ばかり。しかし、出現には物理的なしくみがあるため、出やすい空模様や時間帯を知っていれば、魔法のように自信を持って見付けることができます。逆にいえば、空への観察眼があれば、古の人々でも発見できたものだと思います。こうして「紫雲」がたなびいて創建された神社やお寺は、京都では他にも六角堂や金戒光明寺、醍醐寺、空也堂など、複数ありますが、環天頂アークや環水平アーク、彩雲など、紫色(虹色)に雲が見える気象現象が、社寺を作っていったのかもしれません。

桜宮神社さて、室町時代の2代将軍・足利義詮(よしあきら)は嗣子がなく、桜宮神社に祈願をすると子を授かりました。その子が、のちの3代将軍・足利義満になったとされます。環天頂アークが足利義満を生み、ひいては金閣寺を生んだ!というのは言い過ぎですが、気象予報士の視点からも歴史は楽しめます。足利義満も桜宮を信仰し、さらには戦国時代から江戸時代には病気平癒を祈願する庶民からも崇敬を集めました。現在、境内はさほど広くはありませんが、「桜宮」に相応しくソメイヨシノが植えられていて、春に訪れてみるのもおすすめです。京都は小さな神社にも、詳しいいわれや歴史が残されていることが多く、ひとつの魅力といえるでしょう。

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ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

気象予報士として10年以上。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。8年ぶりに受験した第13回京都検定で再度1級に合格し「京都検定マイスター」となる。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。毎月第2水曜日にはKBS京都ラジオ「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」に出演中。「京ごよみ手帳 2018」監修。特技はお箏の演奏。

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