葵祭 2011年


15日は、京都三大祭りの一つ葵祭の行列が、御所から下鴨神社を経て上賀茂神社へと歩きました。天気は予定通りの晴れで絶好の日和だったと思います。

葵祭は今から1400年以上も前、欽明天皇の時代に国内が風水害で凶作に見舞われたため、占い師の伊吉若日子(いきのわかひこ)に占わせたところ、鴨の神の祟りであることがわかり、葵を飾り馬に鈴を付けて走らせて、五穀豊穣を祈ったことが始まりとされています。平安時代には、単に祭りと言えば葵祭をさすほど重視されましたが、応仁の乱の影響で中断し江戸時代に復興するものの、明治の初めにも中断し岩倉具視によって再興されました。現代葵祭の目玉、斎王代や女人列が登場するのは昭和31年からのことです。葵の葉を付けて歩くことから「葵祭」と呼ばれています。

お祭りは5月の初めからいくつもの儀式が行われています。有名なものは、上賀茂神社の競馬会(くらべうまえ)神事と、下鴨神社の流鏑馬(やぶさめ)神事。神を迎える御阿礼(みあれ)神事は完全非公開で行われます。

15日の行列は正式には「路頭の儀」と呼び、宮中から天皇の使いである「勅使」を神社に遣わすことが最も大きな目的です。ですので、行列は淡々と進んで行く印象です。主役は勅使ですが華やかな斎王代が実質的な毎年の主役となっています。今年の斎王代は、同志社大学の学生さんでお母さんも叔母さんもかつて斎王代を務めた「名門」。斎王代は一般公募はしておらず、京都ゆかりの寺社・文化人・令嬢などから選ばれます。葵祭は1回の行列に約2900万円もの費用がかかるそうです。昔は宮中や徳川家などのスポンサーが付いていましたが、近年はかなり苦しい運営のようで、その費用を工面する意図や選考の手間を削減する目的もあるのかもしれません。

さて、行列も見て行くと順番があります。行列を守る都の警備員「検非違使(けびいし)」の列、京都のある山城国を治めていた山城使の列。宮中からの献上品を運ぶ人、馬を管理していた馬寮使、藤の花が鮮やかな御所車、勅使と楽を奏する倍従(べいじゅう)、舞人や風流傘、そして斎王代を中心とする女人列、最後に再び御所車と、また検非違使が数名。これで列は終わりですが、列の後ろには馬の糞やゴミなどを回収する車や、いざというときの救急車、京都市の宣伝カーも走っています。脚光を浴びることはありませんが、やはり華やかさを支える裏方は必要です。

行列が下鴨神社・上賀茂神社に着くとそれぞれ神事が行われます。行程約8kmの道のりを歩く様子、往時はどのようなものだったのでしょうか。今年は東日本大震災で被災された方々も観覧席に招待されました。大変だと思いますが、せめて京都の良さを感じていただければと思います。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として9年目。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。散策メニューはこちらから

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