東寺 五重塔に昇る月


昨日、東寺五重塔の横を通りかかると、月が美しく見えていました。

三日月といいたいところですが、調べてみると実際には「五日月」でした。三日月は、旧暦で3日に当たる日の夜の月です。旧暦では月の見えない新月の日が一日(ついたち)で、二日の夜から月は見え始めますが、2日の夜はまだ細すぎるのと太陽とも近いため、見つけるのが困難です。ということで、三日月が人々の印象に残るのでしょう。もちろん、正確に三日月かどうかにこだわる必要はなく、上弦(半月)までの広い期間の欠けた月を三日月と呼ぶことが一般的ですね。

東寺の五重塔は京都のシンボルともいえるでしょう。新幹線の車窓からも見え、京都らしい場面でもよく東寺の五重塔が入った映像が紹介されます。京都市内に建造物としての五重塔は4基残っています。東寺の他には、八坂の塔で知られる法観寺。世界遺産の仁和寺の塔、そして醍醐寺にある平安時代から残る五重塔です。いずれも大変見栄えの美しい塔で、京都に来られる方には是非一度は見て頂きたいものばかりです。由緒などもそれぞれが個性的で面白いでしょう。

東寺の五重塔は、高さがおよそ55mと4つの塔の中では最も高い塔で、よく塔のてっぺんと北大路通とは高さが同じだといわれます。実際に地形図を見てみると、千本北大路の辺り、より正確には少し東へ下った船岡山の北辺りと同じです。千本北大路は北大路通の中では標高が高い方で、他にも東寺のてっぺんと同じ高さなのは、白川通の一条寺界隈、深泥池の辺り、西では嵐山公園の上の方とも同じ高さです。話はそれますが、地形は思った以上に起伏に富んでいますので、万が一の河川氾濫に備えて近隣の土地の高さを知っておくことも避難の際の一助となると思います。

現在、東寺の五重塔は「京の冬の旅」で一層目が特別公開されています。特別公開では常連ですが、一度は入ってみたいところ。塔の内部は心柱を大日如来にたとえ、その四方に如来などの仏が並び、壁には真言八祖像、柱には曼荼羅や極彩色が描かれていた痕跡も感じられます。江戸時代の再建ながら古制に則って再建したとされ、内部は古くからこのような曼陀羅の世界だったのでしょうか。外からでは、一層目の軒を支える邪鬼の姿が面白く、どの層も屋根の大きさが均一で江戸時代の様式といわれます。火災による焼失の記録はあっても地震による倒壊の記録はないというのは、塔の耐震構造を物語っているのでしょうか。

塔の創建時には稲荷山から大木を切って使用し、その祟りとして天皇が病気になるという事件が起こりました。この時には稲荷社に謝罪の意味で従五位下の位が与えられ、天皇の病は快方に向かったとされています。なお、稲荷社は後に正一位まで昇格し、各地の稲荷社の旗にその文字を見ることができます。また、空海が東寺の門前で稲をかついた老人と出会い、それが稲荷の神であることを知って東寺の鎮守に迎えたという伝説もあるほど、東寺と稲荷社は関係が深かったのでしょう。現在でも5月3日の稲荷祭では、祭列が東寺の慶賀門で僧侶による酒食を受けます。御旅所も東寺のすぐ東側にありますね。

以上、表題と記事の内容はあまり関係ありませんでしたが、今日もつらつらと書いてみました。今週は寒い一週間でした。来週も寒い日が続きますが、そろそろ寒波は中間点というところでしょう。今年の京都市街地は雪が積もりそうで積もりません。来週はどこかで雪景色をお届けできれば嬉しいです。かたや豪雪で困り、かたや今年は雪が積もらないと嘆く。自然は思うようにはなりませんね。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年目。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

「東寺 五重塔に昇る月」への2件のフィードバック

  1. 東寺の五重塔の月が美しいです。五日月というのですね。東寺の五重塔は見てみたいです。夜のライトアップもきれいですがシルエットもまた絵になりますね。

    1. 抹茶さん
      いつもコメントありがとうございます。
      「五日月」は私の造語です、すいません^^;
      東寺の五重塔は美しいですね~!京都らしい風景ですね。
      他の五重塔も個性的で素晴らしいので、
      またどこかで紹介したいと思います、

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