広隆寺 釿始め 2013年


1月2日に広隆寺釿(ちょうな)始めが行われました。

昨年は城南宮の釿始式をご紹介しました。新年には○○始めという行事が続いていきます。広隆寺の釿始めは、大工の仕事始めの意味を込め、加えてその年の安全を祈願して行われます。大工道具には刃物を使うものが多く、中でも釿(ちょうな)は「手斧」とも書いて、石器時代から使われたとされる古い道具。手で体の方へと引っ張って木を削ります。つまり一歩間違うと自分を傷つけてしまう特に危険な道具。実際に昔の大工さんの脛には、誤って切ってしまった傷の一つや二つはあったそうです。この神事の名前が、鋸(のこぎり)始めでも槍鉤(やりかんな)始めでもなく、釿(ちょうな)始めであるのは、怪我をすることのないようにという、強い思いがあるのかもしれませんね。

広隆寺の釿始めは、番匠保存会の皆様によって奉納されていて、特徴的なのは「きやり音頭(木遣音頭:京きやり)」があることです。京都市の無形民俗文化財に指定されている伝統的な歌が、釿始めの最初と最後に歌われます。江戸時代には、「聚楽」「川東」「六条」「城下」などの大工組が、それぞれ特色ある木遣音頭を伝えていたとされますが、現在では二条城界隈の「城下」地域の大工衆を中心にした番匠保存会が、その保存・継承に努めておられます。なお、番匠とは御所務めの大工のことをいいます。

広隆寺は聖徳太子ゆかりのお寺で、太子は数々の建物を造営し、その法を整備した人物として建築業界からの崇敬を集めています。そういえば祇園祭の太子山では、四天王寺の用材を探しに来た太子が斧を持っていますね。そのような由来から広隆寺で釿始めが行われるのです。さて、釿始めで使用される木材は、木遣音頭の中でも「ゆりもち」と呼ばれる歌によって本堂前まで運ばれて行きます。もともとは、木を伐る人々が、重い木材を運ぶ際に歌われていたものですので、実際にこうして歌いながら木を運ぶ場面がかつては普通に見られたのでしょう。

本堂前に木材が運ばれると、いよいよ儀式が始まります。釿始めでは、一本の大きな柱を削り・仕上げる工程を、様々な昔ながらの道具を使う所作をもって表します。城南宮の釿始式では目の前で見られるのですが、広隆寺ではあくまで奉納行事ということもあり、見物人からは遠く離れた場所で行われますのでご注意ください。工程は、墨矩の儀(曲尺と墨指を用いて材木の寸法をとる)、墨打の儀(寸法に従い、墨壷の糸を繰りだして直線を引く所作)と進み、次にいよいよ釿(ちょうな)が登場。ここでは実際に木材に釿が打ち込まれると、「カーン カーン」と乾いた音が境内に響き渡りました。最後に槍鉋(やりかんな)で表面を整える所作を行って儀式は終了です。

儀式が終わると、番匠保存会の皆様によって、京きやりの祝い歌が奉納されます。独特の節でそしてよい声で歌いあげて行きました。こうした文化は移りゆく時代とともに失われて行きやすいものですが、守られて行くためには、披露する場があるというのも大切なことなのでしょう。今後も、釿始めが長く続いてほしいと思います。全ての奉納が終わると、参列者の皆様にお持ちが配られ、私も一つ頂きました。木遣音頭の様子などは、動画でもご覧ください。


ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。2011年秋は京都の紅葉約250カ所、2012年春は京都の桜約200カ所を巡る。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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