上御霊神社 火焚祭

上御霊神社 火焚祭
11月18日に、上御霊神社火焚祭が行われました。湯立神楽や刀舞なども奉納されています。

上御霊神社 火焚祭京都で11月を中心にして行われるのが火焚祭。ほとんどの神社で行われていると言っても過言ではなく、観光的にはあまり話題にはなりませんが、個性的な風習とも言えます。最も有名なのは11月8日に行われている伏見稲荷大社の火焚祭。大きな炎の中に火焚串が投げ入れられる様子を、2年前にブログでご紹介しました。火焚祭は、五穀豊穣をもたらす神に感謝し、氏子や参拝者が願いを書いて奉納した火焚串を穢れのない炎(神火)で焚きあげて、罪業消滅・万福招来を祈願する行事です。

上御霊神社 火焚祭火焚串は護摩木の神道版といったものですが、各地で行われる火焚祭ではこの組み方に個性が出ます。上御霊神社では井桁状に組まれた6つの火床がありました。火焚串の組み方や火床の様子は、本当に千差万別ですので、ここが火焚祭の楽しみ方の一つかもしれませんね。とはいえ、火焚祭は日付や時間が集中しやすく、京都中を見るには10年以上かかるのではないでしょうか。それほど、大小問わず京都各地の神社で行われています。

上御霊神社 火焚祭 刀舞さて、上御霊神社の火焚祭は、湯立神楽と巫女さんによる刀舞も奉納されて、比較的盛大に行われます。ただ、同時進行で進んで行きますので、全てを見ようという方は少々忙しくなります(笑)刀舞は、真剣を手にした巫女さんが勢いのあるお囃子に乗って舞うもので、動きにはキレもあります。現代の巫女舞は優雅なものも多いですが、古来の巫女舞は、巫女に神が舞い降りその表れとして舞うものとされ、神の憑依の結果として動きが激しいものでした。上御霊神社の刀舞は、それに近いものを感じさせ、恐らく手に持つ刀は、邪気を切り裂く道具であると同時に神が宿る依り代ということなのでしょう。

上御霊神社 火焚祭刀舞が舞われている最中に、火床の周りでは神事が行われ、酒などが火床にささげられた後、火が灯されました。炎は3つづつの火床に広がりながら燃えて行き、火が大きくなると火焚串がくべられていきました。燃え盛る火床の周りには地元の方が多く集まり見守っています。

上御霊神社 火焚祭 湯立神楽一方、刀舞が終わると今度は湯立神楽が始まります。湯立神楽では、熱湯の中に入れた笹で湯を辺りに撒き、この湯にかかると無病息災で過ごせるとされる独特の神事。私も、湯立神楽は京都各地で見てきましたが、上御霊神社の湯立神楽がこれまでで一番熱かったです。火傷をしないよう、少し距離を取っている方が安全かもしれません。水に弱い電子機器にも十分ご注意を。

上御霊神社 火焚祭 湯立神楽湯で邪気を払う行為は、古事記や日本書紀にも出てくる盟神探湯(くがたち)を連想させ、やはり豪快です。上御霊神社の湯立神楽でも、以前にご紹介した城南宮の湯立神楽同様に、酒や米を湯の中に入れ、柄杓で天の水をすくう所作がありました。

上御霊神社 火焚祭湯立神楽で、たっぷりと熱い(熱すぎる)湯をかぶった後に、火床の周りに戻ると、神職によって大祓詞(おおはらえのことば)が勇ましく唱えられていました。こちらも火焚祭の恒例です。やがて火勢が弱まり、火焚祭は終了しました。最後には、参拝者への「おさがり」がある火焚祭も多く、上御霊神社でも数に限りはありますが授与して頂けました。火焚祭で授与される物の定番が、火焚饅頭、みかん、おこしです。

火焚祭 火焚饅頭おこしは、語呂が火を「起こす」にも通じ、その年の米で作ったものを供え収穫を祝う意味があります。火焚饅頭は、火焔宝珠(かえんほうじゅ)の紋が焼印で押された紅白の饅頭。こし餡が美味です。みかんは、場所によっては火焚きの残り火の中にくべて「焼きみかん」にします。焦げたミカンを食べると、中風(卒中)や風邪よけになるとされています。上御霊神社でも、火焚饅頭、みかん(普通のみかん)、おこしのセットが授与されていました。火焚祭は、基本的には地元の方の行事ですが、各地の神社で行われていますので、機会がありましたらご覧になってみて下さい。


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ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。2011年秋は京都の紅葉約250カ所、2012年春は京都の桜約200カ所を巡る。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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