豊国神社の唐門と蜂須賀桜

豊国神社 蜂須賀桜
豊国神社の唐門の前に蜂須賀桜が咲いています。

豊国神社 蜂須賀桜七条の京都国立博物館の北にある豊国神社は、ご存じ、豊臣秀吉が祀られています。元は阿弥陀ヶ峰の秀吉の墓(豊国廟)のふもとにありましたが、徳川時代に秀吉に対する祭祀が禁止されると朽ちるがままになっていました。やがて明治時代になると、関白として朝廷を支えた秀吉を再び祭祀する機運が高まり、秀吉が築いた大仏のある方広寺の地に現在の豊国神社が再建されました。

豊国神社 唐門拝殿は伏見城の遺構とされる唐門で国宝。西本願寺、大徳寺と並ぶ京都の国宝三唐門のひとつとして名高く、応時の色彩は失われていますが鶴の彫刻などに豪華な様を感じることができます。余談ですが、豊国神社に移ってくる前の江戸時代には南禅寺の金地院にありました。武家諸法度などの制定に尽力した以心崇伝ゆかりの寺です。金地院には家康を祀る東照宮があり、その入り口に唐門を持ってきたのです。

豊国神社 蜂須賀桜ところが明治に入ると傷みもひどくなって寺では維持するのも難しくなったため、なんと唐門を売りに出し、当時のお金で20円で売れました。買い取ったのは京都の近代化を推進した明石博高(ひろあきら)でした。明治時代にはこういうことがあり、興福寺の五重塔も50円だったといいます。そして豊国神社再建の話を聞いた明石は、唐門を寄進しようと打診しますが、移築の費用がかかるとのことで断られてしまいました。ならばと明石自身が唐門の移築再建費用をも負担をして、豊国神社に唐門が建つことになります。しかしその費用は2000円!買い取り価格の100倍もの莫大な費用を負担をして明石博高は唐門を寄付したわけです。なんともすごい話ですね。

豊国神社 蜂須賀桜さて、蜂須賀桜は、江戸時代まで徳島城御殿にあったサクラで、名前は徳島藩を治めていた蜂須賀家に由来します。蜂須賀家が秀吉に仕えていた由来から豊国神社に植えられています。京都では他にも清浄華院にもありますが、そちらはもう見ごろを過ぎていました。蜂須賀桜は徳島に縁のある場所に植えられることが多いため、限られた場所でしか目にできない桜です。今しばらくは見られそうですので、足を延ばしてみてください。

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ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年以上。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。2011年秋は京都の紅葉約250カ所、2012年春は京都の桜約200カ所を巡る。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。毎月第2水曜日にはKBS京都ラジオ「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」に出演中。「京ごよみ手帳 2016」監修。特技はお箏の演奏。

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