気象予報士試験に思う


8月28日は気象予報士試験でした。今回も4800人を超える申し込みがあり、京都検定と違って人気は未だに衰えていません。私が合格したのも9年前の夏の試験で、試験会場まで早起きをして出かけたことを思い出します。(今日は私の独白のブログです(笑))
第1回の試験は1994年8月28日で、今年と同じ試験日でした。8月28日は「気象予報士の日」にもなっています。これまでの試験合格者は約8300人。気がつけば、私の登録番号3992番は、真ん中より前になってしまいました。時の流れを感じます。試験の合格率は約6%。一般には難関試験と呼ばれていますが、今回も約250人ほどが合格し、夢を抱いて活躍されて行くのでしょう。

私と天気予報との出会い

私は小さな頃から天気予報が好きで、小中高は一日に何度も、台風が来る日には寝る間も惜しんでテレビで放送される気象情報を見ていました。初めて天気予報と出会ったのはまだ小学生になる前の頃。テレビで見た天気図に興味を示し、親に自分の家のだいたいの場所を教えてもらいました。当時も今も、低気圧は赤、高気圧は青で塗られています。そこで私は「赤」が近づいて来るのだから明日は「晴れ」だと思いました。「赤」は太陽の象徴、「青」は雨の象徴の色だから。そして次の日・・・。
結果は、見事な晴れ。「天気予報ってすごい!」と感激したのを覚えています。後から振り返れば、これはおかしな話。低気圧の「赤」が近づけば天気は崩れるものですが、その日は何かのいたずらで、もしかすると私の一生を決定付けるかもしれない空を幼い私に見せてくれたのです。
さて、そこから順調に気象業界への道を志して行ったかというと、全くそうではありません。が、書き出すと長くなるので、また反響があれば書くことにしましょう。いずれにしても、当時18歳の私は文学部生ながら気象予報士試験に挑み、1年半後の20歳の時に合格しました。高校で物理を習ったことはなく、テキストの数式はちんぷんかんぷん。周りに質問できる人もいなければ、予報士試験講座に通うお金もない。しんどかったですが、それでもなんとかなるものです。そこから民間気象会社へ10倍ほどの倍率をくぐりぬけて運よく就職でき、数年間その中枢部を間近で見させて頂きました。ここまでは「予報志」垂涎のサクセスストーリーでしょう。
ただ、これから同じような道へ進もうという方の夢を壊してしまうと申し訳ないのですが、結果的に私はプロとしての気象業務から離れる決断をします。自殺者まで出してしまうような会社の方針もさることながら、やはり民間企業。お金を稼がねばならない。そのためには数多くのお客様を見るわけで、一予報士として納得がいかない質の低い情報をも伝えねばならないこともありました(この点に関しては様々なご意見があることでしょう)。天気予報は人を幸せにもすれば不幸にもする諸刃の剣。医者が一つでも手術の失敗や見逃しがあっていいのかというのと同じことだと私は考えていましたが、しかしそうではない世界を見てきました。私はアマチュアの道で行くことを決め、退職しました。ただ、大変貴重な経験をさせていただけたことには感謝しています。

気象予報士にできること

天気がわかるというのは、皆さんが思っている以上にあらゆる場面で本当に便利なことです。この数年は自分とごく身近な方々にのみ、この力を使ってきました。しかし最近は、やはりもっと世のため人のために使うべきなのだろうと感じるのです。予報士の人数はまだ8000人そこそこ。これは弁護士の約4分の1で、日本の中で毎年100人と新たに知り合っていったとしても、150年に1人しか出会わないほどの確率。私自身も気象予報士と偶然に知り合ったことは一度もありません。
私は百戦錬磨の一流では全くありませんし、難しい物理や数学の話はこれっぽちもできない文系予報士です。しかし、各地で新たなタイプの災害が起こる今、微力でも得てきた知識を分かりやすくお伝えしていく役割も担っていかねばならないのでしょう。天気予報は人々の「行動支援情報」です。晴れや雨ということだけを伝えるのはあまり意味がなく、予報やその裏に隠れたブレ幅によって相手にどういった行動をお勧めするか、そこにこそ予報士の真の力量が試されていると私は思っています。曲がりなりにも予報士を世間に名乗るからには、日々努力を重ねてなんとかお役に立って行きたいと思うのです。

藤原咲平の予報官の心がけ

藤原咲平(さくへい)は、戦前に活躍した予報官で「藤原の効果」で知られています。以下、原点から抜粋ではないのですが、私が学生時に読み、気象会社勤務時代も守っていた「心がけ」を紹介しておきます。1933年(昭和8年)に書かれた以下の12点。予報は強いプレッシャーや限られた時間との戦いでもある。その中でいかに正しい判断をするか、約80年を経ても納得させられることが多い。予報士を目指されてる方にも、是非一読いただきたい「心がけ」です。

  1. 学問の進歩を取り入れ、時世におくれないこと。
  2. 予報の不中の原因を探求すること。他人の予報も注意して、他山の石とすること。
  3. 判断力に影響するから、身体を健全にすること。
  4. 精神的の心配事も判断に影響するから、精神を健全にすること。
  5. 予報期間中は、他事にたずさわらぬこと。遊戯にこってはいけない。研究は当番以外の時に行うこと。
  6. 睡眠不足の時は、よい予報は出せない。
  7. 酒を飲んでいる間はかえって頭が明晰になったように感ずるが、それは実は妄想である。
  8. 自分の前に出した予報に引きずられないこと。
  9. 自分の力の範囲を確認し、その埒外に出ないこと。
  10. 世間の気持ちを斟酌すべきだが、迎合してはならない。
  11. 非常にまれな場合をねらって、予報に奇跡を願ってはならない。
  12. 自分の発見した法則、前兆を買いかぶるな。

 (倉嶋厚『暮らしの気象学』草思社、1984より)

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として9年目。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。散策メニューはこちらから

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