下御霊神社 還幸祭


20日は下御霊神社還幸祭が行われました。18日に行われる上御霊神社の御霊祭も、近年京都御苑での差し上げが復活するなど見ごたえがありますが、下御霊神社の還幸祭も剣鉾振りがあったり、平安時代の武官の服装を子ども用に模した列が出るなど特徴的です。

下御霊神社は早良親王(崇道天皇)らの霊を祀る神社で、863年(貞観5年)に神泉苑で行われた御霊会(ごりょうえ)を由緒として創建されたと伝わります。祀られている人物は、いずれも奈良時代から平安時代の初期に政治の争いに巻き込まれて非業の死を遂げた位の高い方々ばかり。当時はこうして恨みを持って亡くなった位の高い人物は、怨霊となって関わった人物に祟りをもたらすにとどまらず、世の中に対しても天変地異や疫病として災いをもたらすとされ、大変に恐れられました。そこで彼らを神として崇めて怒りを鎮めていただく御霊会が開かれ、神社も築かれるようになりました。怨霊は天変地異をもたらすほどの強い力を持っている一方で、きちんと崇めて味方につければ厄除けのご利益も高いとされ、信仰を集めています。下御霊神社は御所にも近いことから、皇族や公卿の邸宅も氏子圏に含んでいました。

さて、下御霊神社の例祭は、5月1日に神幸祭が行われており、5月20日頃の日曜日に還幸祭が行われます。その前日の土曜日の夜が宵宮で、寺町通は二条通から丸太町通まで夜店も出て大いに賑わいます。そして子ども神輿や、十二灯という十二ヶ月の安寧を祈願する灯籠も出て寺町通を巡行します。やはりお祭りは地元の方々の力があってこそ。宵宮は活気にあふれています。

還幸祭では、お神輿に乗った神々が氏子地域を見て回り、厄を払って本殿にお戻りになります。下御霊神社には2基の神輿があり、大宮神輿は台輪(土台)が170cmと、全国でも最大級のお神輿です。つまり相当に重いと考えられ、現在は諸事情によりこのお神輿の巡行は行われていません。もう一つの若宮神輿は、宝永の大火によって二条川東へ移転した氏子地域を巡行すべく、狭い道用に作られたお神輿です。現在は全氏子地域をこのお神輿が巡行しています。

お神輿とは別に神幸列があり、剣鉾などはこちらに属します。剣鉾は江戸時代に歴代天皇から寄附されたものです。神幸列の特徴は、平安時代の武官の服装を子ども用に模した神幸威儀組(しんこういぎぐみ)があること。大正から昭和にかけての神社の社司・出雲路通次郎は、有職故実の権威であったため、このような列が加わったそうです。衣装をまとった少年たちはカッコよく、京都にふさわしい列だと感じます。

剣鉾は他のお祭りと同じように澄んだ音を響かせていきます。剣鉾は数十kgもの重さがあり、しかも先の方が重いためバランスがとりにくく、振るにはかなりの修練を要します。こうして文化を継承して行くのは苦労もあるかと思いますが、京都のお祭りには欠かせないともいえる剣鉾の音色を、今後も末永く聞くことが出来ればと思います。

夕方には、お神輿が帰ってくる場面も見てきました。今年は氏子のみで神輿を担ぐようにされたそうで、それだけ思いのこもった巡行だったことでしょう。昨年は天災の多い年でしたが、今年は少なく穏やかであってほしいと思います。お祭りの様子は動画もありますので、ご覧ください。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年目。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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