朝日神明宮 猿田彦社の猿の像


今回は観光地ではない超マイナーな場所のお話。朝日神明宮の猿田彦社には優しく子猿を抱いた猿の像があります。

朝日神明宮は麩屋町(ふやちょう)通を五条通から上がった場所にたたずむ小さなお社です。もとは平安時代の清和天皇の世(貞観年間)に現在の亀岡市に創建された神社で、戦国時代の1572年に現在地に移されました。かつては現在の五条通・松原通・河原町通・富小路通に囲まれた広い社殿を持ち、幸神(さいのかみ)の森と呼ばれていました。そして8社の末社もありましたが、天明の大火や元治の兵火で焼失し、本社と猿田彦社のみが残されています。

現代はまず本社自体が街の中にひっそりと佇んで目立ちません。そして猿田彦社はそのお社の裏側にあってさらに目立ちません。猿田彦社までお参りに来られる方は、地元の方かよほど京都に詳しい方ではないでしょうか。それにしてもこちらの猿の像には品格を感じます。猿田彦は道案内の神として、お祭りの神輿の先導を務め、鼻の長い天狗の姿で表現されることもあります。また、踊りに長じた神・アメノウズメノミコト(天鈿女命)を妻としたため、夫婦和合の象徴としても崇められます。猿田彦社で祀られる大きな二つの石もこうしたところから来ているのでしょう。また、道祖神として地域の結界を守護する神としても信仰を集めました。

朝日神明宮は天照大神(アマテラスオオミカミ)を御祭神として、江戸時代の旅行書「都名所図会」にも登場する神社です。かつては飛梅天満宮もあり、菅原道真をしたって九州の大宰府に飛んで行った飛梅の古木もあったそう(現在は、菅大臣神社にも飛梅があります)。京都は今や建物が所狭しと立ち並ぶ都市へと変化を遂げ、消えて行った社寺・史跡も多い中、こうしてビルの合間にもひっそりと古からの由緒を持った神社が残されていることは、素晴らしいと思います。この猿の像も含め、末永く残っていってほしいですね。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年目。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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