鎧田の里 樒原


前回ご紹介した越畑と、水尾との間にある集落が樒原(しきみがはら)。越畑と合わせて「宕陰(とういん)の棚田」が知られますが、中でも樒原の棚田は鎧田と称されます。

越畑から樒原は比較的近く、樒原と水尾の間には峠があって、距離もあります。ですので、樒原に訪れるのも亀岡側からの方が行きやすいでしょう。越畑と同じく棚田が広がる地形で、宕陰(とういん)の棚田として、日本の棚田100選に選ばれています。さらには越畑と同じく「にほんの里100選」にも選ばれています。京都市で選ばれているのはここだけで、その名に違わぬ美しい山里が広がっています。

それにしても宕陰(とういん)は難読ですね。集落は愛宕山麓にあり、愛宕山の山陰(やまかげ)という意味なのでしょう。樒原の名は、愛宕神社で現在も授与される「樒」が群生する原だったところからきています。平安時代の歌にも、「愛宕山 しきみの原に雪つもり 花つむ人の 跡だにぞなき」と詠まれるほど、古くから知られていた場所です。ここでいう「花」とは、樒のことと思われ、愛宕山に登るとかつて樒を売っていた建物が「ハナ売り場」として残されています。水尾の女性は、かつてこの樒を売りに毎日愛宕山に登っていたといいます。山里での貴重な現金収入源だったのでしょう。

樒原の棚田はおよそ800枚。樒原は現在では正式な地名ですが、かつては通称で、正式には原村と呼ばれていました。そしてこの棚田は、鎧の板を糸でつないだように見えることから「原の鎧田」と呼ばれています。実際に現地に立ってみると、なるほどと思う光景でした。兜の錣(しころ)にも似ているように感じます。言い得て妙ですね。棚田は、春には水をたたえ、初秋には黄金色に染まり、冬は雪景が美しく、いずれの時期もカメラマンを惹きつけています。なお、私が訪れた10月2日では、越畑と同じく、樒原もすでにほとんどの棚田で稲刈りが終わっていました。

樒原には四所神社(原神社)があります。愛宕神社の奥宮の神を遷したとされ、やはり愛宕信仰とは切っても切り離せない里です。樒原からも愛宕山に登る道があり、その入口には朱色の鳥居が立っています。四所神社には非常に大きな銀杏の木があって道路の上にも枝を伸ばし、晩秋にはさぞ美しい光景を見せてくれるのでしょう。神社の前から道路を見れば、まるで北海道にでも来たかのような風景でした。さすが日本の里100選。同じ京都とは思えない場所です。

越畑も樒原も周りの山がそれほど高くないため、見晴らしもよくて広々とした開放的な印象があります。空も広く、天空に広がる山里といったイメージです。なかなか訪れる機会のない場所ですが、時期を見て何度も訪れたくなる場所です。さて、この日は越畑・樒原と通って、水尾へと向かいました。また近日中にそちらの記事も書きたいと思います。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年目。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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