鞍馬の火祭 2012年 祭りのいろいろ


10月22日の夜には鞍馬の火祭が行われました。今年の火祭の様子を3回に分けてご紹介します。

京都のお祭りの中でも人気が高い鞍馬の火祭。家々の前に松明が灯され、人々は手に手に松明を持ち、中には100kgを超える大きな松明も行きかいます。小さな子どもも松明を背負い、まさに辺りは火の海と呼ぶにふさわしい光景となり、「さいれいや さいりょう(祭礼や最良または祭礼や祭礼)」の掛け声が山里に響き渡ります。

この火祭りは由岐神社の祭礼です。神社は鞍馬山の山内にあり通常は入山料200円が必要ですが、この日は無料で神社に参拝することが出来ます。豊臣秀頼が再興した際に作られた拝殿は真ん中が通れる「割拝殿」として京都検定受験者には知られているでしょう。また、子ども抱いた狛犬も可愛らしく、大きな杉の木も目を引きます。

鞍馬の火祭の由緒です。平安時代の中ごろ朱雀天皇の折、世が乱れ、反乱や大地震などの天変地異が次々に起こりました。そうした災いを鎮めるために、御所内にあった由岐神社を御所から見て北(鬼門)の方向にある鞍馬の地にお祀りすることになります。宮中から遷す際には鴨川の葦で松明を作り、道中にはかがり火をたいて照らし、鞍馬へとお迎えしたと伝わります。神が現れる時間帯は夜の暗闇が基本で、現在の鞍馬の火祭はこの神迎えの行列を再現する意味合いを持って、夜に行われます。

鞍馬の火祭は見ごたえのある勇壮な火祭りである一方、その混雑ぶりは京都の祭事でも群を抜いています。10月22日は時代祭もあるため、両方を見ようとする観光客らで叡山電車の出町柳駅は大混雑。帰りも鞍馬駅からの電車に乗るために混雑が著しい時間帯もあります。現地も警察官が多数動員されて非常に物々しい雰囲気。道は狭く、思うようにはまず動けませんので、ストレスがたまる方も多いことでしょう。警察官に対する誘導の不満を多くの方が口にしていました。予め、十分な覚悟と広い心を持って見に行って下さい。

さて、私は混雑を避けるために自転車で鞍馬へと向かいました。鞍馬や大原は意外に厳しい坂道は少ないため、ひと踏ん張りをすれば行けてしまいます(高雄へは道のりが険しい)。貴船口から先は車の通行が午後3時以降は出来なくなり、自転車も貴船口を少し過ぎた場所の駐輪場に止めて、鞍馬までの1kmほどの道のりを歩くことになります。私は午後4時過ぎに到着しましたが、まだまだ規制前で自由に動き回ることが出来ました。鞍馬寺門前での通行規制は一応18時からとアナウンスされていますが、当然人出が多ければそれ以前に始まります。今回も18時前には規制が始まっていました。また、火祭りは道路での場所取りは一切できません。午後4時過ぎには山門下の道で座っている方もいましたが、後ほど警察によって強制的に動かされることになります。

鞍馬の火祭の見せ場は山門下と御旅所です。ただ、知名度の高い山門下に人々が殺到するため、規制が入った後は歩きながら見る方式となります。つまり、山門下に松明が集合する場面や、神輿が降りてくる場面や「チョッペンの儀」を見られるかどうかは、「運」の要素が非常に大きいです。

山門下は早い時間帯から規制が入ってしまいますが、上の方や御旅所より下の方では規制が入るのが少し後になります。火祭はどのように立ちまわるかをあらかじめ考えておかないと、身動きが取れなくなってしまいます。山門より上の方は、歴史ある街並みが広がるなかで松明が灯っていく様子が見られますし、御旅所より下では比較的人が少なくじっくり見られ、御旅所に松明が集まってきて20時からは注連縄切りの様子を見ることもできます。

規制が始まる前は自由に動くことが出来ますので、街道一帯を上から下まで眺めてきました。「宿」と呼ばれる鞍馬の各住民組織(仲間)が設置する会所では剣鉾が飾られ、神輿の綱が並べられているところもあります。早く来て「宿」の飾りを見て行くのも楽しいですね。鞍馬の火祭はこうした住民組織によって規律正しく運営されています。また山門下には由岐神社のご祭神が乗る2基の神輿が並んで準備が整えられていました。さて、次回はいよいよ祭りの様子を写真や動画でご紹介します。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。2011年秋は京都の紅葉約250カ所、2012年春は京都の桜約200カ所を巡る。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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