大原に移った出世稲荷神社


二条駅の近くにあった出世稲荷神社。昨年、大原に移転し、現在は仮殿に参拝ができます。現在は、これまで滅多に見られなかった堂本印象による、本殿天井の龍の絵も見ることができます。

出世稲荷神社は、二条駅からほど近い千本通に面していた神社です。豊臣秀吉は稲荷を信仰し、天下統一後、関白となった際に建てた聚楽第にも稲荷神を祀りました。自らが農民の子から天下人まで出世できたのは、稲荷の神の力に違いないということですね。聚楽第が完成した翌年、時の後陽成天皇が聚楽第を訪れた折、祀られていた稲荷神社に「出世稲荷」の称号を与えたとされ、聚楽第が破却された後も、稲荷社だけは残されていました。二条駅近くの土地には江戸時代の寛文3年(1663年)に移ってきました。

以来、平成24年に至るまで、地元の方々を中心に親しまれていましたが、老朽化した社殿の維持が費用面で困難になり、土地を売却して、平成24年6月に大原に移転しました。移転は急だったようで、京都新聞のニュース記事も移転工事始まってから数日後に出ていて、現在も「出世稲荷前」というバス停の名前は、利用者の混乱を考えて変更されていません。

京都新聞の記事によると、神社に氏子はなく、近年はおさい銭と5台前後の駐車場の賃貸料収入で運営してきたそうです。しかし、社殿は明治以降の建築で文化財指定を受けておらず、老朽化した建物の修復は全て神社負担。そのたびに境内の土地を少しずつ売ってしのいでいましたが、全面的に復旧できる資金は作り出せず、ついに限界ということで、境内地を全て売り払って大原に移転することになったそうです。

先日大原を訪れた際に、元旅館の建物を仮殿と使用している、新しい出世稲荷神社へと訪れてきました。場所は、三千院と来迎院への分岐点から、魚山園の方向へ曲がり、しばらく進んだところです。その先を進んでも大原のバス停に戻ることもできますので、三千院などをひとしきり見て、帰りに寄るのがおすすめです。さて、新しい出世稲荷神社の社殿は今年の春に完成する予定とのことでしたが、この日はその場所も深い雪に覆われていました。室内に設けられた仮殿。その周りには、出世稲荷神社の扁額や神社に伝わってきたものが並べられていました。

そしてひと際目を引くのが、堂本印象画伯によって描かれた、天井龍の絵。本殿の天井画として、これまでは正月三が日と節分に限って公開されていましたが、現在は室内でビニールの覆いに包まれているものの、間近で眺めることができます。堂本印象の龍の絵と言えば東福寺が有名で、3月の涅槃絵の時に眺めることができますが、やはり絵の感じは似ていますね。神社の方いわく、こうして間近で見られるのが好評で、このまま常時見せてはどうかとの声もあるそうです。

この春にお目見えするという新しい出世稲荷神社は、いったいどのような神社になるのでしょうか。千本通の元の地は、かつての二条城映画撮影所に近く、出世のご利益にあやかろうと、大正から昭和にかけての名だたる映画役者から、鳥居などの寄進を受けています。それらもそのまま移築されるようです。さらに昭和初期には、出世稲荷を京都の中心と定めようという運動もあったそう。そうした時代を経て、出世稲荷神社は今、新しい時代を歩もうとしています。今後、大原に訪れる際は、是非、足を延ばしてみて下さい。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。2011年秋は京都の紅葉約250カ所、2012年春は京都の桜約200カ所を巡る。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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