伏見稲荷大社 稲荷祭の還幸祭 東寺での御供

稲荷祭 還幸祭 東寺での御供
5月3日に稲荷祭還幸祭が行われました。トラックに乗った列が御旅所から稲荷まで氏子地域を回りながら戻っていき、途中の東寺前では読経の御供も受けました。

東寺 慶賀門前の神輿今年は、稲荷祭の神幸祭氏子祭(巡行祭)をすでにブログでご紹介しましたが、今回と次回は還幸祭です。還幸祭も神幸祭と同じくトラックに神輿が乗せられて氏子地域を巡行し、伏見稲荷大社へと帰って行きます。トラックを中心とする車列は総勢30台以上もあり、神幸祭以上に立派な行列が巡行していきます。もしこれがトラックではなく、歩きでの行列だと想像すれば、往時はさぞ立派であったことが偲ばれ、かつて京都三大祭の一つに数えられた稲荷祭の面影を見る気持ちがします。

神輿へのお供え物トラックに乗った神輿は御旅所を出発して、九条通から大宮通に入り、東寺の慶賀門の前にトラックのまま停まると、東寺の僧侶から御供(読経)を受けます。読経の前には神職からお祓いも受け、神仏習合の儀式として知られています。東寺は稲荷とつながりが深く、弘法大師・空海が東寺の門前で稲をかついた老人と出会い、それが稲荷の神であることを知って東寺の鎮守に迎えたという伝説も伝わります。

稲荷祭 還幸祭五重塔の創建時には稲荷山から大木を切って使用し、その祟りとして天皇が病気になるという事件が起こりました。この時には稲荷社に謝罪の意味で従五位下の位が与えられ、天皇の病は快方に向かったとされています。なお、稲荷社は後に正一位まで昇格し、各地の稲荷社の旗にその文字を見ることができます。

東寺 慶賀門前の神輿東寺の読経も、古文献を読むと今とは違って、東寺境内に5基の神輿が並び、大勢のお坊さんにより1基づつ行われていたようです。今はまとめて行っていますので、比較的あっさり祭事が済んでしまいます。無くなってしまった還幸祭の行事では、他にも松明殿稲荷神社の大松明があります。七条大橋の西にあるこのお稲荷さんの前を神輿が通る際、かつては大松明を燃やしたといいます。もし現代に伝わっていたら、さぞ人を集めたことでしょう。さて、東寺で御供を受けた車列は大宮通を北へ進んでいきますが、続きは次回にお届けします。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。2011年秋は京都の紅葉約250カ所、2012年春は京都の桜約200カ所を巡る。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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