土用の丑の日 ウナギあれこれ

うな丼 錦市場「のとよ」にて
8月3日は土用の丑の日。よい機会ですので、土用やウナギについて書いてみたいと思います。

川魚 のとよ先日、実家から来た家族と、久しぶりに「ウナギ」を頂きました。近年はずいぶんと値段が上がって、すっかり高級食材となってしまいました。京都(など関西)のウナギの蒲焼きは、蒸さずに直火で焼くため皮がパリパリとして香ばしいという特徴があります。関東方面では蒸してから焼くので柔らかく、同じウナギの蒲焼きでも好みがあるところかもしれません。ちなみに、私は両方好みです(笑)錦市場の「のとよ」さんで頂いたうな丼は、大変おいしかったです。京都は、ウナギの蒲焼きの年間購入金額が全国の県庁所在地と政令指定都市の中でもトップクラスで、ウナギ好きの多い都市。名店がいくつもあります。

錦市場「魚力」 はもかつ はもの天ぷらそもそも「土用」とは何か?実は五行説という、この世の中のあらゆる物は5つの構成元素から成り立っているといる思想に基づいた、季節を表す用語の一つです。構成元素とは、火・水・木・金・土の5つで、四季がそれぞれに割り振られました。春は木、夏は火、秋は金、冬は水という具合です。ただ、これでは「土」が余ってしまうため、春夏秋冬の最後の約18日間(17日間・19日間もある)を「土」の期間としました。これが「土用」と呼ばれる期間です。土用は「春の土用」「夏の土用」というように、四季それぞれに設けられていますが、現代では基本的に「夏の土用」の期間にしか「土用」という言葉を耳にすることはないでしょう。

錦市場「魚力」 はもかつ はもの天ぷらまた、各日には、子・丑・寅・卯・・・と、十二支が割り振られてもいて、土用の期間に丑にあたる日が「土用の丑の日」となります。土用の期間は17日間~19日間あるため、十二支を割り振ると、時には土用の丑の日は2回あることもあります。まさに2013年は、夏の土用の丑の日が2回あり、7月22日と8月3日の2日間が「土用の丑の日」となっています。

天下一品のラーメンなぜ「夏の土用の丑の日」にウナギを食べる習慣があるのか?諸説ありますが、有名なのは江戸時代の平賀源内が考案したという説です。夏にお客が減って困ったウナギ屋さんが源内に相談したところ、源内は店先に「本日土用丑の日」と書いた紙をはり出したところ、そのウナギ屋が繁盛し、他の店もこぞって真似をしたといわれています。「丑」を「うし」と平仮名で書くと、ウナギが2匹いるように見えたとも言われます。詳しい理由は定かではないものの、当時は「う」の付くものを食べて夏を乗り切ろうとする風習がありました。

大友家持 伏見神宝神社ウナギにとても栄養があることは大変古くから知られていて、万葉集にも大伴家持(おおとものやかもち)の作で「石麻呂に 我れ物申す 夏痩せに よしといふものぞ 鰻捕りめせ」という歌があり、夏痩せにはウナギがよいということは、万葉歌人も知っていたのです。ただ、あまりおいしい魚とは思われていなかったよう。ちなみに、昔のウナギは、口から単に串を刺して焼いただけで、その姿が植物の蒲の穂に似ていたところから「蒲焼き」と呼ばれるようになりました。今のような開いた形の蒲焼きになったのは、江戸時代中ごろのことです。

珍遊のラーメンウナギといえば「うな丼」ですが、これも江戸時代の発明品。江戸の芝居小屋の主人が、芝居を見ながら食べられるようにと開発したといわれています。今では数々の「どんぶりもの」がありますが、江戸時代には「どんぶり」といえば「うな丼」のことだけをさすほどで、うな丼は「元祖どんぶりもの」だったりもします。ちなみに割り箸を発明したのも江戸のウナギ屋さん。現代日本人の生活とウナギとはかなり深い関係があるようですね。以上、今回は京都とは直接関係ありませんが、小ネタとして書いてみました。なお、ウナギ以外の写真は本文とは無関係。最近私が頂いたものです。失礼しました。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。2011年秋は京都の紅葉約250カ所、2012年春は京都の桜約200カ所を巡る。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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