平安女学院の有栖川宮旧邸(有栖館)

平安女学院 有栖川宮旧邸
11月4日まで、平安女学院の有栖川宮旧邸(有栖館)で、秋の特別公開が行われていました。

平安女学院京都御苑の西にある平安女学院。一般向けには、12月のクリスマスイルミネーションが美しい学校としても有名です。その平安女学院の烏丸通に面して、有栖川宮旧邸があります。烏丸通からは、銅板葺の門が目立ち、春には美しい枝垂れ桜も目を楽しませてくれます。公開は、春と秋とで行われていますが、京都御所の公開と合わせているようです。

平安女学院 有栖川宮旧邸有栖川宮家は、江戸時代のはじめ寛永2(1625)年に、後陽成天皇の第七皇子である好仁(よしひと)親王によって創設されました。伏見宮・桂宮・閑院宮と合わせて四親王家の一つとして、大正時代まで続いた宮家です。大正時代に絶家とはなりますが、その祭祀は高松宮に引き継がれています。また、歴史上では有栖川宮熾仁(たるひと)親王が有名です。和宮の婚約者でもあった熾仁親王は、明治新政府が鳥羽伏見の戦いを制し、江戸へと攻め上る際に東征大総督となって東海道を進軍していきました。京都では、八坂神社南門の扁額も熾仁親王の字によります。

平安女学院 有栖川宮旧邸有栖川宮の邸宅は、かつては御所の建礼門の前にあり、明治初期には京都裁判所の仮庁舎としても使用されました。1891年に現在地に移築されると、旧京都地方裁判所の所長宿舎の一部として2007年まで使用されていました。2008年8月になって平安女学院が取得し、庭園等も新たに整備をし、有栖館として春と秋に特別公開されるようになりました。

平安女学院 有栖川宮旧邸さて、旧邸に入るとまず広々とした客間を見学します。客間の手前側は、板張りとなっていて能舞台としても使用できるのだそうです。奥側は畳が敷かれた和室となっていて、付書院を持つ「上段の間」も設けられています。欄間の彫刻や窓の形などが、宮家の趣を伝えています。また、パネルでの展示もあり、有栖川宮の歴史についても分かるようになっていました。

平安女学院 有栖川宮旧邸客間の南には、2009年に整備された庭が広がっています。十一代目の小川治兵衛氏によるもので、平成の「植治の庭」とも呼ばれているそう。元の庭に土を入れてかさ上げし、石材も様々な形を持った多彩な構造のお庭です。奥には平安女学院の赤レンガの建物も見えて、お庭にうまく溶け込んでいます。客間から座って眺めることもできますね。

平安女学院 初代セーラー服客間から中庭を望む廊下へと進みます。中庭には紅白の花を咲かせる「源平しだれ桃」の大きな木があって目を引きます。咲けばさぞ美しいのでしょう。その奥の和室では、平安女学院の制服の変遷なども展示されていました。平安女学院は、日本で初めて女学生の制服にセーラー服を採用した学校です。時代は大正9(1920)年のことでした。

平安女学院 有栖川宮旧邸最後にお香が展示されている和室を見て玄関に戻るという見学コースでした。帰り際の和室には油絵で描かれた舞妓さんの絵があり、目を引きました。現代画のようですが、詳しいことはわかりません。普段じっと舞妓さんを見る機会もありませんので、こうした絵もいいものだなぁと思いながら見させて頂きました。

美しく咲く桜 平安女学院有栖川宮旧邸は、次回は春の公開となり、堂本印象の提案で、醍醐寺三宝院内にあった桜を移植したという枝垂れ桜が、目を楽しませてくれるかもしれません。京都御所一般公開に訪れる際は、合わせて見学をしてみて下さい。

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ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。2011年秋は京都の紅葉約250カ所、2012年春は京都の桜約200カ所を巡る。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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