上賀茂神社 燃灯祭

上賀茂神社 燃灯祭
2月22日に上賀茂神社燃灯祭(ねんとうさい)が行われました。

上賀茂神社 燃灯祭燃灯祭は、平安時代に宮中の年中行事として行われていた「子(ね)の日の遊び」を神事化したもので、神社の北に広がる御阿礼(みあれ)野と呼ばれる場所に出て小松(新芽の松)を根引きし、それに燃灯草を添えて神前に供え、春の訪れを奉告します。毎年、2月の「第二の子(ね)の日」に行われていて、日付は年によって変わります。

上賀茂神社 燃灯祭「子(ね)の日の遊び」とは、平安時代の貴族が若菜を摘み、春の到来を喜んで宴遊した野辺遊びのことで、具体的には小松をひき、春の七草を摘みました。新春の風物詩として今も伝わる「七草粥」も、こうして摘まれた若菜を頂いたところから始まるため、その意味でもこの燃灯祭の神事は文化的価値が高いのではないかと、個人的には感じています。

上賀茂神社 燃灯祭さて、神事は境内西から出発し、神職を先頭に参列者は後をついて境内北の「御阿礼(みあれ)野」へと向かいます。御阿礼野は普段は入れませんが、実は京都ゴルフ倶楽部の上賀茂コースの中にあります。そのため燃灯祭では、ゴルフコースを横切ってどんどんと中へと進んでいきます。ゴルフのプレイヤーは突然現れた神職と行列に「一体何事か」といった様子。珍しい組み合わせでした。なお、この場所は葵祭の神事でも使われますので、知る人は知っているかもしれません。

京都ゴルフ倶楽部 上賀茂コース余談ですが、このゴルフ場は太平洋戦争後に、米軍将校のためにつくられたゴルフ場がルーツです。造成工事中には縄文時代の土器も発見されるなど、古くから人の手が入った土地だったようです。本来は神域で、戦後の混乱期でなければこうしてゴルフ場になることはなかったかもしれません。

上賀茂神社 御阿礼野歩くこと10分程で、小松を摘む場所に到着です。ここは御阿礼野の中でも神館(こうだて)という、かつて斎王が宿泊した建物の基壇の場所だそうです。一見手入れされたゴルフ場の土地に見えますが、よく見てみると、小さな松が生えていることに気が付きます。これが新芽の松=小松です。神職らは、この小松を根から引いて集めて行きました。それほど数はないので、この場面は数分で終了します。そして、再び来た道を戻っていきました。

上賀茂神社 燃灯祭境内の土舎(つちのや)にやってきた神職たちは、摘んだばかりの小松と燃灯草を紙に包んでいきます。これを神前にささげるのですね。燃灯草は、玉箒草(たまほうきぐさ)ともいい、具体的にはタムラソウ(田村草・多紫草)と呼ばれている種類のようです。花は紫色ですが、枯れると丸い綿帽子のような形となるため、箒のように狭い場所を掃くことにも使え、また火を点ければすぐに燃えるので着火の際の火種としても用いられました。

上賀茂神社 燃灯祭こうして小松と燃灯草の準備が整うと、神職と参列者はお祓いをして身を清め、本殿で神事が行われました。お払いや本殿での神事は初穂料3千円で参列することができます。燃灯祭は、古式を伝える貴重な神事とあってか、以外と多くの方が小松を摘む場面にはいます。ゴルフ場内の道は狭いため、勝手にコースに入らないなど、現場での誘導に従ってご覧ください。

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ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年以上。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。2011年秋は京都の紅葉約250カ所、2012年春は京都の桜約200カ所を巡る。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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