寺田寅彦「天災と国防」より

平安神宮 大鳥居
9月1日に防災の日を迎え、今日(5日)は、大阪880万人訓練も行われました。今回は、戦前の日本の防災に大きな功績を残した寺田寅彦の「天災と国防」から、現代でも心に響く部分を抜粋してご紹介します。

鴨川京都府北部の綾部市や福知山市で再び豪雨に見舞われてしまいました。死者が出ていないことが幸いですが、経済的な被害は甚大です。今回の大雨はごく狭い範囲で降っていて、市内でも被害の大小が分かれていると思われます。ただ、局地的には3時間で200mmと甚大な災害が発生しても不思議ではないレベルで降り続きました。まだ、夏の非常に湿った空気が優勢な時期でもあり、状況によっては油断ができません。

南禅寺9月1日は、1923年に関東大震災が発生した日で、現在は「防災の日」として知られています。私個人も、災害関連の本を読みなおしていたのですが、ふと寺田寅彦の「天災と国防」を久しぶりに読む機会がありました。寺田寅彦は、戦前に活躍をした物理学者・自然科学者で「天災は忘れたころにやって来る」という言葉を残した人物として知られています(実際には、同意の言葉はあっても同句の言葉は残してはいません)。また、随筆家としても数多くの著書を残しています。

祇園白川中でも「天災と国防」は、寺田寅彦晩年の昭和9(1934)年に書かれ、台風や水害、大火など、自然を起因とする災害が多発した時期に筆をとったものです。時代は戦争へと向かう不穏な時でもありました。古いといえば古い内容ではありますが、ちょうど80年を経た今でも、災害への心構えの部分で心に響く部分は数多くありますので、以下、引用をしてみたいと思います。

真如堂「日本はその地理的の位置かきわめて特殊であるために(中略)、気象学的地球物理学にもまたきわめて特殊な環境の支配を受けているために、その結果として特殊な天変地異に絶えず脅かされなければならない運命のもとに置かれていることを一日も忘れてはならないはずである。」、「いつも忘れられがちな重大な要項がある。それは、文明が進めば進むほど天然の暴威による災害がその激烈の度を増すという事実である。人類がまだ草昧(そうまい:未開)の時代を脱しなかったころ、がんじょうな岩山の洞窟の中に住まっていたとすれば、たいていの地震や暴風であっても平気であったろうし(中略)、もう少し文化が進んで小屋を作るようになっても、テントか掘っ立て小屋のようなものであってみれば、地震にはかえって絶対安全であり、またたとえ風に飛ばされてしまっても復旧ははなはだ容易である。」

宝が池公園「文明が進むに従って人間は次第に自然を征服しようとする野心を生じた。そうして重力に逆らい、風圧水力に抗するようないろいろの造営物を作った。そうしてあっぱれ自然の暴威を封じ込めたつもりになっていると、どうかした拍子に檻を破った猛獣の大軍のように、自然があばれ出して高楼を倒壊せしめ堤防を崩壊させて人命を危うくし財産を滅ぼす。その災禍を起こさせたもとの起こりは天然に反抗する人間の細工であるといっても不当ではないはずである。(中略)いやが上にも災害を大きくするように努力をしているものは、たれあろう文明人そのものなのである。」

宝が池公園「(中略)文明が進むほど天災による損害の程度も累進する傾向があるという事実を十分に自覚して、そうして平生からそれに対する防御策を講じなければならないはずであるのに、それがいっこうにできていないのはどういうわけであるか。そのおもなる原因は、畢竟(ひっきょう:結局)そういう天災がきわめてまれにしか起こらないで、ちょうど人間が前車の転覆を忘れたころにそろそろ後車を引き出すようなことになるからであろう。」

宝が池「しかし昔の人間は過去の経験を大切に保存し蓄積してその教えにたよることがはなはだ忠実であった。過去の地震や風害に堪えたような場所にのみ集落を保存し、時の試練に堪えたような建築様式のみを墨守(ぼくしゅ:古くからの決まりを堅く守ること)してきた。それだからそうした経験に従って造られたものは関東震災でも多くは助かっているのである。」

岩倉にて「(中略、以下室戸台風の高潮被害を受けての見解)災害史によると、難波や土佐の沿岸は古来しばしば暴風時の高潮のためになぎ倒された経験をもっている。それで明治以前にはそういう危険のあるような場所には自然に人間の集落が希薄になっていたのではないかと想像される。古い民家の集落の分布は一軒偶然のようであっても、多くの場合にそうした進化論的の意義があるからである。その大事な深い意義が”教科書的学問”の横行のために蹂躙(じゅうりん:ふみにじる)され忘却されてしまった。そうして付け焼き刃の文明に陶酔した人間は、もうすっかり天然の支配に成功したとのみ思い上がって所きらわず薄弱な家を立て連ね、そうして枕を高くしてきたるべき審判の日をうかうかと待っていたのではないかという疑いも起こし得られる。(以下略)」いかがでしたでしょうか。興味が出た方は原文を他のページ等で読むことができますので、探してみてください。

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