愛宕山と愛宕神社

先日は愛宕山へと登ってきました。山頂には火除けのご利益で知られる愛宕神社が鎮座しています。

愛宕神社

愛宕山は京都の西にそびえる標高924mの山。山頂には「火廼要慎(ひのようじん)」のお札で有名な愛宕神社が鎮座しています。その愛宕神社へは、麓の清滝から片道2時間ほどの険しい山道を登ります。かつてはケーブルカーが存在していましたが、戦時中の金属供出によって撤去されてしまいました。一般的に時代とともに交通網は発達するものですが、こうして不便に戻ることもあるのですね。

愛宕山ケーブルの跡

現在の愛宕山は、少なくとも往復およそ5時間は必要というコース。気軽な気持ちで行くと日没で遭難する恐れもあり【必ず午前中から登山を始めて下さい】。山道には自動販売機も茶店も無く、5時間歩くのに十分な水や食料も必要です。それに加えて、山頂の気候は東北北部や北海道南部と同じくらい。市街地と比べるとおよそ10℃も気温が低く、重ね着用の着替えの服もあったほうがよいでしょう。まさに観光の山ではなく、登山と信仰の山が愛宕山です。

清滝の登り口

愛宕山への入り口は清滝という集落。清滝は先日のブログで写真を掲載しました。その清滝へは奥嵯峨からトンネルを抜けて行くことができます。路線バスも走っているので、清滝までは気軽に行くことができます。このトンネルは、かつて嵐山から清滝を結んでいた電車用のトンネルが元で、電車の廃止後に車用トンネルとして生まれ変わりました。ただ、電車一両分の幅しかないため、信号を合図に相互通行となっています。奥嵯峨側からトンネルを覗くと出口が見えないため「心霊スポット」として怖がられる場所でもあります。が、もちろんそれは迷信。私も何度も自転車で通ったことがありますし、学生時代には友人と真夜中に自転車で通りぬけたこともあります。全く何も感じませんでした。出口が見えないカラクリは、清滝側出口のすぐ手前でトンネルが曲がっているためで、奥嵯峨側から見ると、真っすぐ続くトンネルに出口がないように見えるのです。

愛宕山

さて、道の険しい愛宕山。覚悟を持って清滝にある表参道の二之鳥居から登っていきます。かつてはこの付近にケーブルカーの駅があって、今も平たん地や敷設跡が痕跡として残っています。表参道は史跡の看板が充実しており、1町ごとには立て看板や、昔ながらの板碑の町石(ちょうせき)、お地蔵さんもあります。奥嵯峨にある一之鳥居から試峠を越えて愛宕神社までが50町。今は二之鳥居から愛宕神社入り口までが40町です。1町はおよそ110mですので、意外と早く減っていきます。ちょうどよい心の支えとなってくれるでしょう。

愛宕山

愛宕山へは7月31日夜から8月1日早朝にかけて登ると千日分のご利益があるとされますが、もうひとつ、3歳までに登ると一生火難に合わないともいわれています。しかし、これは子どもが自力で登らなければならないというものではなく、親が背負って登っても大丈夫。大切なのは参拝することなのです。この日はお子さんを連れてご家族で登って来る方を一組お見かけしました。

愛宕山

さて、標高が高くなってくると眺望がよいスポットも現れます。場所によって京都市街地がよく見えたり、後述のハナ売場を過ぎると亀岡方面がよく見える場所もあります。愛宕山が山城と丹波の両国にまたがっているのもよくわかる眺めです。亀岡方面では、「サンガスタジアム by KYOCERA」もよくわかりました。

愛宕山から望む亀岡

水尾への分岐を過ぎてしばらく行けば、そこには「ハナ売場」。ハナとは榊によく似た樒(しきみ)という植物で、愛宕神社では火難除けとして樒が用いられ、守札を樒の枝に結んで持ち帰り、近所に配ったり竈の上に挿したりし、毎日一枚づつ樒の葉を竈にくべると火事にあわないともいわれていました。樒は仏事で使われるものですが愛宕山一帯に生息していて、かつて水尾の里の女性は毎日山を登ってこの樒を売っていたそうです。現在、ハナ売場は普段閉まっていて、愛宕神社の境内で樒を買うことができます。ちなみに樒には毒があるため、特に小さい子どもは誤って口にしないようにご注意ください。

愛宕山 ハナ売場

ハナ売場を過ぎれば次の目標は黒門です。実は愛宕神社は、江戸時代までは白雲寺という寺院で、黒門はその白雲寺時代の遺構。この門をくぐるとかつてのお寺の境内です。現在はほどなく愛宕神社の境内ともなる40町分の39町目で、一応のゴールも間近です。

愛宕山 黒門

そして麓から約2時間の山道を登って辿りつく愛宕神社の境内は、結構平坦。江戸時代まではこの場所に、福寿院・威徳院・長床坊・大善院・教学院・宝蔵院という六つの宿坊が建ち並んでいました。白雲寺は勝軍地蔵が祀られ、武家からの信仰も篤かったのですが、明治の廃仏毀釈で勝軍地蔵は西山の金蔵寺へと移され、宿坊も姿を消しました。今は跡地に休憩所やトイレがあり、山のお値段ですが自動販売機もあります。一息付ける場所でしょう。

愛宕山

愛宕神社はこの平坦地からさらに急な石段を登った先にあります。40町目は境内入り口なので、もう2-3町は険しい道が待っているのです。実はこの険しい道こそが、麓から見える愛宕山の「たんこぶ」の部分。登りきった先に愛宕神社の社殿があります。気候は北海道と同じということで、登った5月31日の午後で温度計の表示は13℃。京都市街地(円町)は24℃を超えており、11℃も低い気温でした。同時刻で13℃の場所を探すと、北海道の苫小牧付近でした。着替えを持って登山して頂くと良いでしょう。

愛宕神社への階段

初めての方は神社正面への参拝だけで済ませてしまう恐れもありますが、忘れずに向って左手側に回って、若宮・奥宮とご参拝ください。肝心の火除けの神、カグツチノミコトは、若宮に祀られています。

愛宕神社

愛宕山は歴史の舞台に登場したこともあります。平安末期に近衛天皇が失明して亡くなった理由として、愛宕山で目に釘を打たれた天公像が見つかり、これが藤原頼長が天皇を呪って打ったのだとの噂を立てられてしまう話があり、この天公は天狗だとする説があります。愛宕山や鞍馬山など京都の山々には天狗がいたという信仰があり、それぞれ○○坊と呼ばれていました。愛宕山の天狗は太郎坊、鞍馬山の天狗は僧正坊、比良山の天狗は次郎坊などです。時代は下った太平記には、愛宕山に崇徳院を中心として恨みを持って亡くなった人物が集まるという話があり、崇徳院は天狗の姿(トビの翼を付けた姿)で登場します。

愛宕神社

太平記よりもさらに後の時代。戦国武将で織田信長の家臣であった明智光秀は、本能寺の変の前に愛宕山に登って白雲寺で連歌の会を催し、その発句(初めの句)は光秀が詠みました。切れ者の光秀らしくもなく、なかなか浮かばぬ発句。そして詠んだ歌は「ときは今 あめが下知る 五月哉(さつきかな)」。ときは土岐で明智光秀の本姓。あめは天。天が下知るとは、天下を支配するという意味とされ、明智光秀が天下を支配する、すなわち謀反の心を詠んだとされています。光秀は愛宕山・白雲寺の勝軍地蔵に戦勝祈願をし、山を降りて亀岡(亀山)に戻ると出陣。本能寺へと向かい信長を打ち果たしました。

愛宕神社の気温 13℃

愛宕太郎坊天狗を描いた大絵馬が、愛宕神社に奉納されています。現在の絵馬は2015年に京都愛宕研究会によって奉納されたもので、若宮で目にすることができます。元の絵馬は、伊達政宗の家臣であった片倉小十郎重綱が元和元(1615)年に奉納しました。伊達家は愛宕権現への信仰が篤く、片倉小十郎は大坂の陣の前に愛宕山へと登って勝軍地蔵に祈願をすると、大坂の陣で活躍をし「鬼の小十郎」と呼ばれるほどでした。そして愛宕山に絵馬を奉納したのです。

愛宕神社の絵馬

猪にまたがり、勝軍地蔵の錫杖を持った躍動感あふれる太郎坊天狗の絵は、東北に下絵が残されているそうで、現在の絵馬は京都愛宕研究会が2011年の東日本大震災の後に東北を応援する気持ちを込め、多くの支援者が集まって片倉小十郎が奉納してからちょうど400年後の2015年に苦労の末に愛宕神社に奉納したものです。「天下静謐」の文字は元の絵馬と違う部分。奉納へ至る経緯は、京都愛宕研究会のYouTubeで公開されていましたので、よければご覧下さい。

愛宕神社

さて、愛宕神社の本殿の付近が愛宕山の山頂です。神社へ向かう最後の階段の脇には登頂回数を記念する石柱も並んでいます。1000回を超えると奉納できるようで、最高は5000回記念のものがありました。5000回登ろうとすると、毎日でも13年半以上、週に1回のペースでも100年近くかかるという驚異の記録です。すごい方がおられるものですね。さて、愛宕神社の社殿を後にして平坦地へと戻り、月輪寺を目指しながら山を下りました。続きはまた次回以降に記載します。

愛宕山

ガイドのご紹介

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京都検定1級に6年連続最高得点で合格(第14回合格率2.2%)、「京都検定マイスター」。気象予報士として20年。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。毎月第2水曜日にはKBS京都ラジオ「笑福亭晃瓶のほっかほかラジオ」に出演中。「京ごよみ手帳 2022」監修。特技はお箏の演奏。

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