愛宕山と愛宕神社


先日は愛宕山へと登ってきました。山頂には火除けのご利益で知られる愛宕神社が鎮座しています。

愛宕山全般や麓の清滝については、先日の日記に書かせていただきました。今回はその続きです。道の険しい愛宕山。覚悟を持って表参道の二之鳥居から登っていきます。かつてはこの付近にケーブルカーの駅があって、今も平たん地や敷設跡が痕跡として残っています。表参道には、かつてあった史跡の看板が充実しており、1町ごとには立て看板や、昔ながらの町石や、お地蔵さんもあります。奥嵯峨にある一之鳥居から試峠を越えて愛宕神社までが50町。今は二之鳥居から愛宕神社までが40町です。1町はおよそ110mですので、意外と速く減っていきます。ちょうどよい心の支えとなってくれるでしょう。

愛宕山へは7月31日夜から8月1日早朝にかけて登ると千日分のご利益があるとされますが、もう一つ、3歳までに登ると一生火難に合わないともいわれています。しかし、これは子どもが自力で登らなければならないというものではなく、親が背負って登っても大丈夫。大切なのは、参拝することなのです。この日はお子さんを背負ってご家族で登っていく方を一組お見かけしました。山道を背負うには、3歳になるころに向かうよりも、ある程度小さいうちの方がよいのかもしれませんね。さて、7合目の「かわらけ投げ」の看板があるところが、眺望が最もよいスポットです。町数では40町分の25町を過ぎた辺り。この日は霞がかっていましたが、はるか遠くまでうっすらと見わたすことが出来ました。

水尾への分岐を過ぎてしばらく行けば、そこには「ハナ売場」。ハナとは榊によく似た樒(しきみ)という植物で、愛宕神社では火難除けとして樒が用いられ、守札を樒の枝に結んで持ち帰り、近所に配ったり竈の上に挿したりし、毎日一枚づつ樒の葉を竈にくべると火事にあわないともいわれていました。樒は仏事で使われるものですが愛宕山一帯に生息していて、水尾の里の女性は毎日山を登ってこの樒を売っていたそうです。詳しくは書きませんが、愛宕山の七不思議のひとつ「腹痛を起こす」は、こうして毎日山へと登った女性をいたわるための言い伝えではないかと思います。現在、ハナ売場は普段閉まっていて、愛宕神社の境内で樒を買うことができます。ちなみに樒には毒があるため、特に小さい子どもは誤って口にしないようにご注意ください。

ハナ売場を過ぎれば次の目標は黒門です。白雲寺時代の遺構とされ、この門をくぐればかつてのお寺の境内。現在はほどなく愛宕神社の境内ともなる40町分の39町目。一応のゴールも間近ですね。そして麓から約2時間の山道を登って辿りついた愛宕神社の境内は、結構平坦です。休憩所やトイレもあり、山のお値段ですが自動販売機もあります。気候は北海道と同じということで、この日(5月8日)はまだ八重桜も咲いていました。

愛宕神社はこの平坦地からさらに急な石段を登った先にあります。40町目は境内入り口なので、もう2-3町は険しい道が待っているのです(笑)実はこの険しい道こそが、麓から見える愛宕山の「たんこぶ」の部分。登りきった先に愛宕神社の社殿があり、平坦地になっています。初めての方は、正面への参拝だけで済ませてしまう恐れもありますが、忘れずに向って左手側に回って、若宮・奥宮とご参拝ください。肝心の(?)火除けの神、カグツチノミコトは、若宮に祀られています。

愛宕神社は険しい山の上にありながら、歴史の舞台に登場したこともあります。今年の大河ドラマ平清盛では、ちょうど今日放送されていましたが、近衛天皇が失明して亡くなった理由として、愛宕山で目に釘を打たれた天公像が見つかり、これが藤原頼長(山本耕史さん)が天皇を呪って打ったのだとの噂を立てられてしまうのです。この天公は天狗だとする説があります。愛宕山や鞍馬山など京都の山々には天狗がいたという信仰があり、それぞれ○○坊と呼ばれていました。愛宕山の天狗は太郎坊、鞍馬山の天狗は僧正坊、比良山の天狗は次郎坊などです。時代は下った太平記には、愛宕山に崇徳院を中心として恨みを持って亡くなった人物が集まるという話があり、崇徳院は天狗の姿(鵄の翼を付けた姿)で登場します。

太平記よりもさらに後の時代。戦国武将で織田信長の家臣であった明智光秀は、本能寺の変の前に愛宕山に登って白雲寺で連歌の会を催し、その発句(初めの句)は光秀が詠みました。切れ者の光秀らしくもなく、なかなか浮かばぬ発句。そして詠んだ歌は「ときは今 あめが下知る 五月哉(さつきかな)」。ときは土岐で明智光秀の本姓。あめは天。天が下知るとは、天下を支配するという意味とされ、明智光秀が天下を支配する、すなわち謀反の心を詠んだとされています。光秀は愛宕山の勝軍地蔵に戦勝祈願をし、山を降りて亀岡(亀山)に戻ると出陣。西国か京都へ向かう道かの分かれ道である沓掛の辺りで「敵は本能寺にあり」と言ったとかいわなかったとか。信長を打ち果たした後に、秀吉に敗れた光秀も、天狗になって再び愛宕山に登ったのかもしれませんね。

さて、この本殿の付近が愛宕山の山頂924mの場所です。本殿の裏にはちょうど桜が咲いて美しく、山登りの疲れを癒してくれました。この日の山頂の気温は15℃。同じ時刻の北海道と同じ気温でした。愛宕神社へ向かう最後の階段の脇には登頂回数を記念する石柱も並んでいます。1000回を超えると奉納できるようで、最高は5000回記念のものがありました。5000回登ろうとすると、毎日でも13年半以上、週に1回のペースでも100年近くかかるという驚異の記録です。すごい方がおられるものですね。さて、愛宕神社の社殿を後にして平坦地へと戻り、月輪寺を目指しながら山を下りました。続きはまた次回以降に記載します。

ガイドのご紹介
吉村 晋弥(よしむら しんや)

吉村 晋弥気象予報士として10年目。第5回京都検定にて回の最年少で1級に合格。これまでに訪れた京都の観光スポットは400カ所以上。自らの足で見て回ったものを紹介し、歴史だけでなくその日の天気も解説する。特技はお箏の演奏。

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